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亡くなった人の世話にばかりなってる [音楽・ミュージック]

へんなタイトルをつけたが、実際のところそうなのだ。

音楽を聴くのでも、本を読むのでも、亡くなった作曲家や音楽家や著者のものばかりなのだ。


今朝、「ユーチューブ」を視聴して、やはりテンシュテットは、すごいと感じた。と言うより、マーラーはすごいと言うべきなのだろう。よくこれほど美しい曲を創作できるものだと思う。

聴いたのは、

マーラーの交響曲8番「千人の交響曲」のフィナーレだ。

Mahler: Symphony No. 8, Finale - (London Philharmonic Orchestra, Klaus Tennstedt)
https://www.youtube.com/watch?v=y5aRbgr0m9U

ここまで宇宙を感じさせる曲はない。マーラー自身、指揮者のウィレム・メンゲルベルクに宛てた手紙で次のように書いたという。[ウィキペディア「交響曲第8番 (マーラー)]

“私はちょうど、第8番を完成させたところです。これはこれまでの私の作品の中で最大のものであり、内容も形式も独特なので、言葉で表現することができません。大宇宙が響き始める様子を想像してください[3]。それは、もはや人間の声ではなく、運行する惑星であり、太陽です” “これまでの私の交響曲は、すべてこの曲の序曲に過ぎなかった。これまでの作品には、いずれも主観的な悲劇を扱ってきたが、この交響曲は、偉大な歓喜と栄光を讃えているものです” 

だから、演奏についても「大宇宙」を感じさせる必要があるが、その点でテンシュテットは成功しているのではないだろうか。大成功だと当方は思う。


実は、テンシュテットのワーグナー演奏を聴いて、そこからマーラーに飛んだ。以下は、いまNHK・FMの『N響 ザ・レジェンド』のオープニングテーマ曲として使われているワーグナーの「リエンツィ」序曲。
Wagner Rienzi Overture Klaus Tennstedt London Philharmonic
https://www.youtube.com/watch?v=M2JjnB45D34

これもまた素晴らしい。トランペットパートの取り扱いがとりわけ素晴らしい。これは、サントリーホールで演奏されたもののようだ。生で演奏を聴いた方も大勢おられるだろう。うらやましいかぎりだ。一生ものの財産になっているのではないだろうか。

以下のボックスセットはどちらも所持している。これを聴くとますます。存命中に聴きたかったと思う。


Mahler: Complete Symphonies Klaus Tennstedt

Mahler: Complete Symphonies Klaus Tennstedt

  • アーティスト: Tennstedt, Klaus
  • 出版社/メーカー: Warner Classics
  • 発売日: 2011/05/09
  • メディア: CD



Klaus Tennstedt - The Great Recordings

Klaus Tennstedt - The Great Recordings

  • アーティスト: Tennstedt, Klaus
  • 出版社/メーカー: Warner Classics
  • 発売日: 2011/05/09
  • メディア: CD



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「森に行こう」と養老孟司、今井 通子は勧める [自然に親しむ]

ユーチューブを見ていたら養老孟司先生の動画が出ている。

〈養老孟司先生「森とは何か」-2020年1月-〉と題されている。
https://www.youtube.com/watch?v=PRr-zg5u-0s&t=114s

かんたんに内容をまとめれば、「森に行こう」という勧めになる。

が、話はもっと深いところへ行く。すこし長いが、大いにタメになる話だと思う。

タメになる、というのは、健康の為だけというのでなく、生きること全般の為になるの意だ。

そもそも、現代人の規格化された、しかも都会人の生活とは、自然と切り離されたところにあって、そこで滞留できること自体が不自然なのだ。いわば、病気でないと、留まれない世界と言ってイイと思う。

ちなみに、当方は、満員電車で通勤し、デスクワークをするのを想像するだけで、死にそうになる。とても、自分にはできそうにないと思うし、やろうとも思わないし、してこなかった。住んでいるのは、トカイナカ(都会+田舎)の地方都市で、森も近くにあり、街中で(深夜ではあるが)キツネにもタヌキにも出会う。そもそも天真爛漫な方なので病気とは無縁できた。それに対して、義兄は東京での公務員人生を全うしたが、パニック障害で3年以上休職した。今も東京在住で、薬を飲み続けている。
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2020-07-12

以前、NHKラジオ文化講演会で、日本の女性登山家の草分けと言っていい今井 通子さんが、「人生、山登り」という演題で話すのを聞いた。今井さんは、森林浴の効果をそこで話していた。樹木から発生するフィトンチッドという物質の健康効果を示していたのだが、その話も全体を総合すれば、「森(もしくは山)に行こう」ということになると思う。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E4%BA%95%E9%80%9A%E5%AD%90


千変万化する自然の世界に入ると、コンクリートで固められた都会では得られないものを得られる。それは、いわゆる「冒険」となり、どんな危険に遭遇するともかぎらない。青木ヶ原の樹海に分け入ると、一歩踏み出したところが、溶岩のアナだったりするという。そうした周囲の状況を把握するためには、いやおうなく五感を用いるよう促される。森に分け入れば分け入るほど、自分も人間も自然の微小な一部にすぎないことを悟らされる。人間は「万物の霊長」などと構えていても、たいした存在ではないことが分かる。

そうした謙遜な思いを自分自身に対してもつことができるというのは、人間として大きな成長であるように思う。もっとも、その点では、森に足を運ぶまでもなく、天を見上げればすむことかもしれない。
https://wol.jw.org/ja/wol/b/r7/lp-j/nwtsty/19/19#study=discover

以下は、学校で合唱曲として習ったかもしれない曲。

ハイドン オラトリオ『天地創造』(天は御神の栄光を語り)
アダム・フィッシャー指揮 によるもので、
バリトンをトーマス・クヴァストホフ(Thomas Quasthoff)が担当している。
Haydn - Die Schöpfung - Die Himmel erzählen - Adam Fischer
https://www.youtube.com/watch?v=FCGRTpHPAGo

『天地創造』全曲は、以下
https://www.youtube.com/watch?v=xIpSNMQZH9M


Thomas Quasthoff: The Complete RCA Recordings

Thomas Quasthoff: The Complete RCA Recordings

  • アーティスト: Thomas Quasthoff
  • 出版社/メーカー: Red Seal
  • 発売日: 2018/04/27
  • メディア: CD


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%9B%E3%83%95

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三浦春馬 自殺をめぐって [ニュース・社会]

三浦春馬を当方は全然知らない。自殺の報道を見て、知人に尋ねるとウレテイル役者だという。主演するような俳優かと訊くと、そうだと言う。

ここのところのコロナ騒ぎで、公演自粛やら撮影中止やらで経済的に困窮する俳優たちのことが報じられてもいるが、そういう面でイキヅマッタのではなさそうだ。

しかし、満ち足りていながら自殺してしまう人もいる。そういう例を知っている。

知人の甥が自殺した。冷蔵庫には食品がいっぱい残されてあり、とうてい自殺するようには見えなかったという。それでも、首を吊ってしまった。

それでは、その衝動的と思われる自殺の引き金になったのは何かと考えると、酒だという。酒を飲んで、酔いにまかせて、その勢いで、果てたらしい。甥っ子はヒトリモノで、おじから見て、これといって、自殺する様子はなかったというが、その心中は分からない。ひとり鬱屈するものを抱えていたのかもしれない。

三浦春馬の続報を見ていたら、酒のはなしがでている。華やかな世界に生きてはいるものの、やはり人間である。辛いことも泣きたいこともあるだろう。そういうところを見せないで頑張っている人ほど、危ういところに身を置いているにちがいない。シラフなら、抑制がきき、思いとどまるところで、ジャンプしてしまったのではないか。そういう感じがする。

以下の記事には次のようにある。

 ただ「こういったことで死を選ぶタイプではない」との声もある中、重大な証言が取材で浮かび上がってきた。三浦さんと何度も酒席を共にした友人が「2年以上前から劇的に酒量が増えた」と明かした。「自暴自棄になって、尋常じゃない量を飲んで泥酔するようになった。異変があったとは思っていたが、何も変えられなかった…」と悔やんでいる。 //  周囲によると、20歳のころに「俳優をやめたい」と漏らしたこともある。仕事に真正面から真剣に取り組むゆえに「自分をすり減らしながら役作りをするタイプ。精神的には強くない」と語る人も。

三浦春馬さん、酒量増え自暴自棄に 友人明かす「2年以上前から…」 手帳の中に“遺書”
7/19(日) 5:30配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/fce013dfe19f6cd9ec84b82fc6cd2cf5081e580f


アルコールとうつ・自殺――「死のトライアングル」を防ぐために (岩波ブックレット)

アルコールとうつ・自殺――「死のトライアングル」を防ぐために (岩波ブックレット)

  • 作者: 松本 俊彦
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2014/05/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)




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『女帝 小池百合子』の書評(呉座勇一)を読んで・・ [政治・雑感なぞ]


女帝 小池百合子 (文春e-book)

女帝 小池百合子 (文春e-book)

  • 作者: 石井 妙子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: Kindle版



応仁の乱など中世のドロドロした世界に通暁した呉座勇一が、朝日新聞(7月18日)に『女帝 小池百合子』の書評を書いている。下剋上の世界を知る歴史家から見ても、小池百合子という人物は特殊異様に見えているようだ。

書評のタイトルは「華麗な自分語りの「演出」に迫る」。

以下に全文引用するが、呉座は「彼女の本質に気づかず、そのポピュリズムに幻惑されてきた日本社会」を嘆いている。そして、彼女ばかりでなく「職業倫理や専門性を持たないタレント学者や自称歴史家のもっともらしいヨタ話が社会的影響力を持つ様を、(評者は)何度も目にしてきた」と書き、結論としては「私たちが対峙すべきなのは、表面的な面白さを追いかける風潮そのもの」と述べている。

26歳元キャバクラ嬢・太田氏当選
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2006-04-24


そうした記述を読んで当方は『南総里見八犬伝(蟇田素藤の乱)』に登場する「八百比丘尼 妙椿(ミョウチン)」を思い出した。八犬士のひとり親兵衛に対する疑念を持つよう里見の殿様に近づき、親兵衛を身辺から遠ざけるように殿様をまんまとだました尼僧である。しかし、結局のところ、妙椿は化けの皮をはがされてメスのタヌキであることが明らかになる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E7%B7%8F%E9%87%8C%E8%A6%8B%E5%85%AB%E7%8A%AC%E4%BC%9D#%E8%9F%87%E7%94%B0%E7%B4%A0%E8%97%A4%E3%81%AE%E4%B9%B1%E3%83%BB%E5%85%AB%E7%8A%AC%E5%85%B7%E8%B6%B3


「女帝」は、「緑のたぬき」(最近は「コロナのたぬき」)として、すでに正体が知れているのに、再び都知事になったというのは、やはり騙す力がよっぽど強いのだろう。

たいへんオソロシイことだが、呉座は、もっとオソロシイのは、『華麗な自分語りの「演出」』に騙される方だと言いたいようである。「眉に唾をつけ」なさいと言いたいようである。

チャーチルの国イギリスは「リアリズム」の国 
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2012-03-02

第二次世界大戦 合本版 (河出文庫)

第二次世界大戦 合本版 (河出文庫)

  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: Kindle版



医療崩壊を招きながら”火消し役”に化けた!?「コロナのたぬき」小池都知事の変わり身の早さ
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E5%8C%BB%E7%99%82%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%82%92%E6%8B%9B%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%89-%E7%81%AB%E6%B6%88%E3%81%97%E5%BD%B9-%E3%81%AB%E5%8C%96%E3%81%91%E3%81%9F-%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%81%AC%E3%81%8D-%E5%B0%8F%E6%B1%A0%E9%83%BD%E7%9F%A5%E4%BA%8B%E3%81%AE%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%BA%AB%E3%81%AE%E6%97%A9%E3%81%95/ar-BB13Et86

以下は
呉座勇一書評全文
華麗な自分語りの「演出」に迫る
 先日の東京都知事選は大方の予想通り、現職の小池百合子知事の再選という結果に終わった。彼女は「政界渡り鳥」と揶揄(やゆ)され、幾度も屈辱と挫折を味わいながらも、権力の階段を一歩一歩上がっていった。しかし一方で、彼女が語る華麗なサクセスストーリーはいかにも作り話めいていて、しばしば疑惑が取り沙汰されてきた。//  本書は、女性初の総理候補と目される小池氏の素顔に迫ったノンフィクションである。マスコミやネット上では学歴詐称疑惑追及の箇所ばかりが注目を集めたが、本書は彼女の生い立ちまで遡って調べているところに大きな意義がある。関係資料の博捜と多数の関係者への徹底的な取材によって彼女の自分語りに潜む数々の嘘を暴き、ひいては彼女のパーソナリティーを浮き彫りにしている。//  本書が描き出す小池氏は、異常に強い虚栄心と上昇志向を原動力に、コネとメディアを駆使してのし上がっていく人物だ。一見すると陽気で情熱的だが、決して他人に心を許さず、常に損得勘定で人間関係を築く。権力を持つ男性に寄り添う「名誉男性」でありながら、男社会と対決しているように装う。  著者は彼女に批判的だが、彼女のなりふり構わぬ自己演出には凄みすら感じられる。かつて引き立ててくれた権力者を足蹴にするくだりなどは、ピカレスクロマン的な趣がある。//  他人の心情に無関心で、利用価値のない人間にとことん冷淡であるように映る彼女の人間性は、確かに恐ろしい。けれども真に恐ろしいのは、彼女の本質に気づかず、そのポピュリズムに幻惑されてきた日本社会ではないだろうか。//  職業倫理や専門性を持たないタレント学者や自称歴史家のもっともらしいヨタ話が社会的影響力を持つ様を、評者は何度も目にしてきた。私たちが対峙すべきなのは、表面的な面白さを追いかける風潮そのものなのである。



応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱 (中公新書)

  • 作者: 呉座勇一
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2018/06/08
  • メディア: Kindle版




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楽天アンリミット AQUOS sense3 liteが格安になったが・・

楽天モバイル・アンリミットを既に1回線契約している。ギャラクシーA7を実質1円で購入して、向こう1年無料で利用できることになった。

ワルイ話しのなにかと多い楽天モバイルだが、当方は問題なく利用できている。と、言っても、ほとんど自宅でのWi-Fi環境での利用で、楽天独自回線の利用はない。そもそも住んでいる地域が圏外になるので、パートナー回線利用になる。そして、その利用自体すくない。たぶん月1ギガも利用していないと思う。メールをしたり、テキストを見たり、すこしユーチューブを見たりといった程度で、たいへん軽いユーザーにすぎない。

このたび、おさいふケータイのできる端末(AQUOS sense3 lite)がキャンペーンで格安になった。
https://network.mobile.rakuten.co.jp/campaign/a5-2020-sense3-lite/?sclid=o_other__MNO&argument=ZMhPE4GP&dmai=a5f0be245c5817

早速、入手しようと思ったのだが、「価格コム」サイトのクチコミを見ると、とてもではないが手を出せない。端末のバージョンアップをしたら、具合がわるくなって困っている方が少なくない。楽天サイドの対応調整にも問題があるらしい。仕事での利用を考えている人であれば、即、アウトであろう。
https://bbs.kakaku.com/bbs/M0000000704/#tab

話がそれるが、ウィンドウズ10 アップデート無料期間終了の最期通告がなされるまで、ずっとウィンドウズ 7パソコンを利用していた。それでも、無料期間にあわてて変更しなくてよかったと、後になって思った。結局、無料期間を過ぎても、ウィンドウズが元々インストールされているパソコンであれば無料でバージョンアップすることができた。

なにより、急いで動かなくて良かったと思ったのは、無料期間にバージョンアップを図って、なにかと苦労した方たちの直面した問題とその解決法がネット上に残されていたことだ。ハードの知識がほとんど無い当方でも、先人の苦労のあとを辿ってなんとかバージョンアップすることができた。同じ時期に慌てて動いたなら、そうした情報はネット上に上ることは少なかったであろうし、それが無ければ導入につまづいてしまったように思う。様子見を決め込んでいたおかげで、豊富な導入トラブルの事例を見出すことができ、その解決策を見いだせた。たとえば、10を導入するには、Cドライブのギガ容量を増やす必要があったが、ネット上に拡張する方法が示されていた。おかげで、廃棄処分にする他にないと思ったパソコンがいまだ現役で利用できている。

聖書には(となにかと聖書を引き合いにだすが)失敗した事例がたくさん出ている。モーセやダビデやソロモン、ペテロなど、聖書中の著名な人たちも、たいへんな失敗を犯している。そうした例をみるとどのように生きて神様を喜ばせることができるか知ることができる。失敗は後人のための貴重な遺産と言うこともできそうだ。

と、いうことで、キャンペーン期間は限られているが、今回ももう少し待っていればいいかと思っている。

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

  • 作者: 日本聖書協会
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1993/11/01
  • メディア: 大型本




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死をタブー視しすぎる日本人の考えにモノ申す [スピリチュアルな話題]

東洋経済ONLINE7月16日に解剖学者の養老孟子氏と 小堀 鷗一郎 : 堀ノ内病院 地域医療センター医師 の対談がでている。

死をタブー視しすぎる日本人の考えにモノ申す
「死を受け入れる」とは一体どういうことなのか
https://toyokeizai.net/articles/-/361529

というものだ。

多くの死を実際に見てきた方々の意見は貴重だ。


当方が、死について考えるようになったのは、50過ぎてからだろうか。ということは、つい最近ということだ(ということにしておこう)。

学齢前から一家の代表のようにして祖母と葬式や法事に出かけて、坊主にあこがれるほどだったのだけれど、自分の死について考えることはほとんど無かった。

それは若くして亡くなった叔父が焼かれるのを、火葬炉ののぞき穴から見ても同じだったように思う。

よく知る人やおなじ年頃の人が亡くなる報道を聞くようになって、やっぱり人間て死ぬんだと実感するようになった。その延長として自分の死が出てきたというわけだ。
島森路子、逝く。
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2013-04-24

なかには幼児期から自分の死をつよく意識するような人もいるようだ。そういう方は自分の人生を充実させることに気をくばるようになるのも早いかもしれない。

死は避けることができない怖れの対象とされているが、実態を知れば受け入れやすくなる。

聖書には、死とはどのようなものかはっきり示されている。

伝道の書 9:4~6

生きているなら希望が持てる。生きている犬は死んだライオンよりはましだからだ。 生きている人は自分が死ぬことを知っている。しかし,死んだ人は何も知らない。何かを得ることもない。思い出されず,忘れ去られる。また,彼らには愛も憎しみも嫉妬もすでになく,太陽の下で行われることに何の関わりも持たない。
https://wol.jw.org/ja/wol/b/r7/lp-j/nwtsty/21/9#study=discover

以上の記述を見ると、死(者)の特徴は、なんにも知らないこと。感情もなく、他になんの影響を与えることがないこと。

だから、いわゆる「霊魂不滅」という考えを聖書は教えていない。死んだカラダから離れて残るタマシイがあって、ものごとを知覚し、生き残った家族や知人になんらかの影響を与えることができるとは教えていない。

では、無になって終わりかというと、そうではない。麻酔によって何も知らず感じることもない人が、ふたたび眠りからさめるように、再び地上に生き返ることが示されている。それが、いわゆる「復活」だ。聖書が示す希望である。

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

  • 作者: 日本聖書協会
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1993/11/01
  • メディア: 大型本




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「歴史巡るフェイク疑え」浮世博史インタビュー 朝日新聞 [歴史雑感なぞ]

朝日新聞(7/15)に、『歴史巡るフェイク、疑え』という記事がでている。私立西大和学園中学・高等学校教諭、浮世博史氏へのインタビュー記事だ。

時代・歴史小説をそのまんま鵜吞みにして見てきた事実であるかのように話す人がいる。熱をもって語るので、聞いていてオモシロイが、困ったなあと思う。歴史関連の本が多く出ているが、専門家でも(学位も得ていそうにも)ないのに、よく書くなあと感心したりもする。

そう思っていたところなので、たいへん面白かった。お勧めの記事だ。


副題としてあげられているのは「主義主張が先走り 事実をつまみ食い エンタメ性を優先」

リード部には次のようにある。

最近の書籍、ネットには「歴史修正主義」といわれる言説があふれている。なかには事実誤認も多い。歴史教育に長年携わる立場から、約千ページに及ぶ著作「もう一つ上の日本史」で、この問題を具体的に検証したのが、浮世博史さんだ。歴史のフェイクの蔓延はなぜ止まらないのか。歴史リテラシーを身に付ける方法はあるのか

つづく部分もすこし引用してみる。

・・先生の近著は、百田直樹さんの「日本国紀」をはじめ相当数の史実誤認を指摘しています・・

歴史にまつわる俗説や誤認はネットが普及した2000年以降、顕著です。これらの文章は、プロの歴史家が書いたものでないことはすぐ分かります。自分の主義主張が先にあり、それに合わせて歴史を語る、という分かりやすい特徴があるからです。歴史『を』語るのではなく、歴史『で』主張を語っています。

・・歴史『で』語ると、どんな弊害があるのでしょう・・

自分の言いたいことに合わせ、歴史をつまみ食いする傾向があります。たとえば日露戦争での日本の勝利はアジアに勇気や自信を与えたという言説があります。そうした面も確かにありますが、一方で、孫文やインドのネルー、ビルマの独立運動家バー・モウは、日露戦勝利が日本の帝国主義と植民地支配のきっかけになったことを批判しました。『自信を与えた』とい評価Aだけを説明し『失望させた』という評価Bを言わないと社会科学ではなくプロパガンダになってしまいます。

さらにつづくが・・https://www.asahi.com/articles/DA3S14549052.html


もう一つ上の日本史 『日本国紀』読書ノート: 古代~近世篇

もう一つ上の日本史 『日本国紀』読書ノート: 古代~近世篇

  • 作者: 博史, 浮世
  • 出版社/メーカー: 幻戯書房
  • 発売日: 2020/02/25
  • メディア: 単行本



博物館と文化財の危機

博物館と文化財の危機

  • 出版社/メーカー: 人文書院
  • 発売日: 2020/02/18
  • メディア: 単行本




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マーラーの交響曲全集(彼のかかえた精神的問題とは・・) [アート・美術関連]

マーラーの曲を好んで聴いている。交響曲全集もいつの間にかいくつも持つことになった。おのずと好きなものは集まってしまうものらしい。ほんとうに好きな方からは「なんだそれだけ・・」と言われそうだが、アバド、ラトル、テンシュテット、レヴァイン、ベルティーニの全集をとっかえひっかえ聴いている。

いま書いた指揮者の順にAmazonで購入した。みな驚くほど安く入手できた。むかしならLPレコード1枚の値段である。おそろしく有難い時代になったと喜んでいる。

その中でも、一番気にいっているのは、クラウス・テンシュテットだ。音楽的に、いちばんマーラーを感じさせてくれる。

テンシュテットが、どんな人物、指揮者だったかは『ウィキペディア』のパロディサイト(『アンサイクロペディア』の項目)をみると、よく分かる。誇張しふざけているような記述だが、それだけにマーラーを理解し、表現するのに、たいへん適った打ってつけの人物であったことが伝わってくる。
https://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%86%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%88


マーラーは、精神を病んでいた。1910年頃、フロイトの治療を受けていたという。そのことを『世界天才紀行』で知った。その本のなかではウィーンだけ二つの章が用いられていて、そこにマーラーのことが出ていた。なぜ2章が用いられていたか、たぶん世紀末(近代から現代へと移行する端境期)の分裂、二面性を示す都市だったからではなかったかと記憶する。(これは、確認してみないとわからないが、もしそうであるなら、ますますマーラの音楽理解に適っているということになろうかと思う)そこでマーラーとフロイトが、患者と治療者という関係にあったことが記されていた。

世界天才紀行――ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで

世界天才紀行――ソクラテスからスティーブ・ジョブズまで

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/10/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


「マーラー フロイト」でネット検索すると、マーラーのかかえた精神的問題として若い妻アルマとの関係のことなど指摘されている。が、もっと大きな時代的なものが関係していたように当方は思う。ちょうど、芥川龍之介が自殺するに至った「ぼんやりした不安」のようなものである。

1914年(つまり第一次世界大戦勃発時)前のウィーンに生活していたマーラーにとって、それは世界崩壊の予感のようなモノがあったのではないかと思う。19世紀末から1914年の第一世界大戦前の時代は(フランスで)「ベルエポック(美しき良き時代)」と呼ばれた。それは周辺諸国でも同様であったという。そういう時代を経験し、享受してはいるものの、それが破綻していく予感のようなモノをつよく感じていたのではないか。
https://artscape.jp/artword/index.php/%e3%83%99%e3%83%ab%e3%83%bb%e3%82%a8%e3%83%9d%e3%83%83%e3%82%af

ちょうど同じ頃、ユングもたいへんな精神的危機を経験している。それも、直接の問題としてはフロイトとの関係が原因と言われるが、マーラーと似たようなモノではなかったかと思う。同じような時代的荷を背負いながら、マーラーは死に、ユングは生き延びた。

もしマーラーが、その荷(世界崩壊の予感のようなモノ)を背負わなければ、身体的な病気も深刻なものにならず、もっと長く生き延びてその指揮ぶりを(リヒャルト・シュトラウスのように)録音として残してくれたように思う。

この世に、万全なものなどない。万全に思えるものも、いずれ破綻する。崩壊する。そういう直観(感)が繊細なたましいにひどく堪えたのではないかと(勝手な想像であり、検証が必要だが)当方は思っている。

オバマ期待がハズレル時
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2009-01-20

Mahler

Mahler

  • アーティスト: Mahler, G.
  • 出版社/メーカー: Deutsche Grammophon
  • 発売日: 2014/07/08
  • メディア: CD



Mahler: the Complete Symphonie

Mahler: the Complete Symphonie

  • アーティスト: Mahler, G.
  • 出版社/メーカー: Warner Classics
  • 発売日: 2017/08/18
  • メディア: CD



Mahler: Complete Symphonies Klaus Tennstedt

Mahler: Complete Symphonies Klaus Tennstedt

  • アーティスト: Tennstedt, Klaus
  • 出版社/メーカー: Warner Classics
  • 発売日: 2011/05/09
  • メディア: CD



James Levine Conducts Mahler: Symphonies Nos. 1, 3, 4, 5, 6, 7, 9 & 10

James Levine Conducts Mahler: Symphonies Nos. 1, 3, 4, 5, 6, 7, 9 & 10

  • 出版社/メーカー: REDSE
  • 発売日: 2010/11/05
  • メディア: CD



Mahler: Symphonies 1-10 - Das Lied von der Erde

Mahler: Symphonies 1-10 - Das Lied von der Erde

  • 出版社/メーカー: EMI
  • 発売日: 2009/09/21
  • メディア: CD




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現代日本社会は江戸時代を引きずっている [本・書評]

たいそうなタイトルをつけたが、半藤一利氏と出口治明氏との対談から成る「明治維新とは何だったのか」という本を読んで、そのように感じたまでのことである。

半藤一利
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%8A%E8%97%A4%E4%B8%80%E5%88%A9
出口治明
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E5%8F%A3%E6%B2%BB%E6%98%8E

明治維新とは何だったのか――世界史から考える

明治維新とは何だったのか――世界史から考える

  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2018/06/15
  • メディア: Kindle版



「現代日本社会は江戸時代を引きずっている」というのは、書籍の内容そのものというより、お二方の言葉の端々から得た印象だ。江戸時代が終わって150年以上経つが、われわれの精神はそう簡単に変わらないのだなと感じた。

半藤さんの「父の実家は越後」で、「長岡藩」の出身のようだ。その点、「ウィキペディア」の来歴には「先祖は長岡藩士」とはっきり示されている。祖母から聞いた話をしているのだが、(半藤さんは昭和5年生まれの90歳だから)その御ばあさまは江戸時代のお生まれかもしれない。今から150年前まで、存命の方々の家系を3代も遡れば入ってしまうのだ。

対談を読んでいて、半藤さんの意識のなかで、そのアイデンティティは「長岡藩士の末裔」ということになっているように感じた。かくいう当方も、世代としては、半藤さんの子どもに相当する世代だが、出身地を問われると、実際の誕生地ではなく「水戸です」と答えてきた。水戸藩の出身、水戸藩士の末裔という意識がどこかにあるのだと思う。だから、徳川慶喜の話が出れば自分の殿様のような気分がする。

以下、すこし引用してみる。

「半藤:私も子供の頃から皇国史観という名のいわば『薩長史観』を学校で教え込まれていましたが、父方の祖母には逆のことを教わりましたよ。父の実家は越後なんですが、夏休みに遊びに行くと、祖母が『東京には勲章をつけた偉い奴がたくさんいるみたいだけど、あの連中はみんな泥棒だよ。無理やり喧嘩を売ってきて、七万四千石の長岡藩から五万石を盗んでいったんだ。おまえは、あんな奴らを尊敬することはないだぞ』という話をされたものですよ(p89,90)」

「半藤:そうなんですが、薩摩の人たちは『長州とは一緒にしてくれるな』と言うらしいんですよ(笑)。地元の新聞なんかを見ても、『俺たち薩摩には長州のようなこすっからいところはない。正々堂々と明治の時代を作ったんだから、薩長などと一括りにしないでほしい』といったことが書いてあるようなんです(笑)。僕は『何を言ってるんだ』と思って、そういう言葉には耳を貸さないことにしてますけど。(p71)」

「半藤:・・略・・勝(海舟)さんはべつに尻尾を振って政府に入って高官になったわけじゃありません。『日本のために頼む』と言われて、仕方なく『西郷のためなら手伝うか』と重い腰を上げたんですよ。それを悪くいうから、私は福澤諭吉が嫌いなんです(笑)。それでその私が慶応大学出身者に嫌われている(笑)。(p105,106)」

つまり、そのように現に生きている人間が江戸時代を引きずっているのであれば、その帰属する社会も当然ながらなんらかの影響を受けているはずである。そのような(引きずられた精神を意識するしないにかかわらず所持する)個々の人間が、IT社会、グローバル時代を、現に生きているのだからおもしろい。

余談だが、最近、若い世代に聞いた話。落語が分からないし興味もないという。若い人の皆がみなというわけではないだろうが、落語は江戸の粋のようなものだ。それを聞いて、すこし寂しく思った。

「明治150年記念事業」について(徳川慶喜とからめて)
https://bookend.blog.ss-blog.jp/2017-05-09


江戸三百藩大全 全藩藩主変遷表付 (廣済堂ベストムック287号)

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  • 出版社/メーカー: 廣済堂出版
  • 発売日: 2015/03/02
  • メディア: ムック




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コロナ禍を生き残るのは誰? [ドラマ]

新型コロナに感染しない一番イイ方法は、自分を隔離して置くことだ。「犬も歩けば棒に当たる」が、歩かなければ当たらない。世間の風にあたらないで済めばソレが一番イイ。いわば、みずからを自宅軟禁状態にすることだ。

昨日、「ユーチューブ」を見ていたら、懐かしい映画に出会った。『カッコーの巣の上で』という映画だ。1976年日本封切りの映画で、原題は ”One Flew Over the Cuckoo's Nest” 。アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞の主要5部門を独占した映画だ。

高校時代のことで、40年以上前になる。評判を聞いて出向いたのだと思うが、1度ならず2度も劇場に通った。いまと違って、むかしは映画館に朝から晩までいることができた。一度の上映が終了したら、追い出されるスタイルではなかった。それで、少なくとも6回は見ているように思う。

どうしてそれほど入れ込んでしまったのかよく分からないが、自由への希求のようなものがあったからではないかと思う。人間集団が秩序を維持して機能していくためには、個人の自由はいくらかなりとも制約を受けなければならない。幼児のときから、規則というものが世の中にはあって、それに従うべきことを教え込まれる。子どものときから、大人のように振る舞うことを学ぶ。いつの間にか型にはめられ、それに馴染んで以前は苦痛であったものが、それなりにこなせるようになる。しかし、馴染んで身についたのでそこに留まっていられるだけの話で、本来的には苦痛である。だから、解放されることは望ましいことになる。そういう気持ちに訴えたのかもしれない。

映画の舞台は精神病院だ。そもそも「カッコーの巣:cuckoo's nest」 は、「精神病院」の蔑称のひとつだという。そこには本物の患者もいるが、そうでない者もいる。主人公マクマーフィーとアメリカ原住民のチーフは、患者のフリをしているだけだ。実社会に適応できなかったのだ。犯罪者として、少数民族として社会的に不適格に思える自分のとりあえずの身の置き所として、精神病院を選んだのだ。言葉をかえれば、精神病院に逃げ込んだのだ。しかし、それは本来の意志ではない。不本意なことである。できれば、やはり自由が欲しいのだ。そして、自由の獲得へと動く。「カッコーの巣」から飛び立つ。

昨日、映画全編を見たわけではない。Omoto Nagieさんのユーチューブ投稿したものを見た。印象的な音楽を背景に、わずか6分ほどにたいへんうまく動画編集されている。それで、映画のエッセンスを了解できると思う。
https://www.youtube.com/watch?v=jitQ_kosr3Q


映画をベースに考慮すると、精神病院に逃げ込むことなく、社会に留まり暮らすことができるということ、実社会に適応できていること(もしくは、適応しているかのようによそおうことができること)はたいへん偉いことに思える。最近の報道で、日本におけるヒキコモリはたいへんな数(若年層54万、中高年61万)にのぼる話を聞くが、それらの方々にとっては自宅が精神病院の代わりになっているのだろう。そうした時代、世のなかにあって、引き籠らずにいられることは偉業にちかいのではないかと思う。なかには、単に無理をしているだけということもあるだろう。食うためには世間の風に当たるしかないでしょと頑張っているわけだ。一日を終えて、ああエラカッタという生活をしているわけである。

このコロナ騒ぎで、自粛生活を強いられている。人間は動物だから、動きまわるのが本来的在り方である。一か所に留まるのは苦手のはずだ。それにもかわわらずヒキコモリ、大人しくしていられるというのは、これもまたスゴイことだ。気がつけば一日、家から一歩も外に出ていないという人もいるだろう。まさに、自宅軟禁状態である。

コロナ禍の第二波は強烈で第一波の比ではないと聞く。結局のところ、最終的にコロナウイルス感染を免れて生き残るのは、無理をせず引き籠ることのできた人だけなどということになるかもしれない。


カッコーの巣の上で [DVD]

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  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • 発売日: 2010/04/21
  • メディア: DVD



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%81%AE%E5%B7%A3%E3%81%AE%E4%B8%8A%E3%81%A7

『朱子学入門』垣内景子著 ミネルヴァ書房刊
https://kankyodou.blog.ss-blog.jp/2015-11-04-1


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