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川端康成原作・清水宏監督『有りがたうさん』1936年を見る [ドラマ]

川端康成原作・清水宏監督『有りがたうさん』1936年を見る

川端康成のショートショート集『掌(てのひら)の小説』の一編『有難う』を映画化したものだという。

『掌の小説』は読んでいるはずだが、『有難う』は覚えていない。もっとも40年以上前だから、忘れていても仕方なかろう。

Mr. Thank-You / 有りがとうさん (1936) (EN/ES)
https://www.youtube.com/watch?v=3fK3kVs4eJs

掌の小説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8E%8C%E3%81%AE%E5%B0%8F%E8%AA%AC#%E6%9C%89%E9%9B%A3%E3%81%86


お話しは天城峠を走る路線バスでの出来事である。「有りがたうさん」は運転手のあだ名。道を譲る人々に「ありがとう」といちいち声をかけるのである。

なんとも味わいのある映画である。当初録音音声がどうかしているのかと思った。驚いて1.25倍速にしたほどだ。そういう操作をさせるほどに、ゆっくりとしたテンポでセリフを話している。まるで、読んでいるかのようである。田舎ののんびりした暮らしを表現するために、ゆっくりと話すように指示が出されたのだろうか。それが、ロバのいななきのようなクラクションの響きとマッチしてのどかである。

「有りがたうさん」の役を上原謙、乗客たちのあいだを繋ぐ狂言回しのような「黒襟の女」を桑野通子が演じている。物語を煎じ詰めると「黒襟の女」の台詞に要約できるかもしれない。

「たった20里の街道にも、これだけのことがあるんだもの、広い世の中、いろんなことがあるだろうねえ」

街道を行く人々はいろんな職種である。その姿かたち、担うものからおおよその仕事が分かる。路面は舗装されてなどいない。『伊豆の踊子』もこうした風景を見ながら峠道を歩いたのだろう。

伊豆の踊子 (新潮文庫)

伊豆の踊子 (新潮文庫)

  • 作者: 康成, 川端
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/05/05
  • メディア: 文庫


バスに乗って峠をふたつ越え、これから東京に働きにでるという娘が登場する。母親と一緒である。そのことを気の毒がる村人の様子からは、世界の果てにでも行く感じがある。

「有りがたうさん」は、ただの運転手ではない。村から村へと走るだけでなく、そこに住む人々の暮らしを知っている。道中、バスを停めては世間話をする。頼まれごとも快く受ける。いわば、世界を繋いでいる。

バスの乗客は、そこに乗り合わせただけで、運命共同体のようになっていく。共同体は大袈裟でも、「袖ふれあうも多生の縁」を思い出し生きるようになる。その上での大きな役割を「黒襟の女」が果たす。その欺瞞のなさ、正直さが、みなお互いに人間であることを思い出させる。

田舎の乗り合いバスの特別何事も起きない日常を描きながら、当時の世相、暮し、空気感まで炙り出すような映画である。


掌の小説

掌の小説

  • 作者: 川端康成
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/06/14
  • メディア: Kindle版




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