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成瀬巳喜男監督『はたらく一家』1939年を見る [ドラマ]

The Whole Family Works 1939)
https://www.youtube.com/watch?v=0f-w45p1_Iw

徳永直原作、成瀬巳喜男監督『はたらく一家』を見る。

昭和14年公開映画である。当時の庶民生活にたいへん近いように感じるが、いかがであろう。こうした羽目板の木造建築は、昭和40年頃もまだ残っていた。当方の目にも焼き付いている風景だ。

映画は、その羽目板の家々に新聞配達がジグザクに走る早朝の風景から始まる。それから、ちゃぶ台を囲んだ食事のようす。あわただしく食事をしているのは父親と働きに出ている息子たち3人。母親は、4人分の弁当箱にいそがしく飯を詰め込んでいる。

長女が「おかあちゃん」と呼びかけ、そのすぐ上の兄(5男)が「もう起きてもいい」と言うと、「まだ早いよ。もすこし寝てな」と母親に言われる。お爺さん、お婆さん、いちばん下の赤ん坊がコタツにいるのが映される。みな、男たちの食事が済んで、でかけるのを待っている。食事は、働く者のあとである。

徳川夢声が父親を好演している。いい役者である。セリフの間合いがすばらしい。『宮本武蔵』の朗読をおこない、当時の人々をラジオにくぎ付けにしたと聞いてはいたが、なるほどそうであろうと了解できる。それで、「ユーチューブ」に、夢声朗読の音源を探したが、ない。誰かアップしてくださると嬉しい。

11人家族の家計は、男4人が稼いでいるが、食うだけで精いっぱいである。母親は尋常小学校にかよう四男のわずかばかりの貯金をあてにしている。しかも、去年借りた分をまだ返していない。

そういう状況のなかで、長男は、将来を不安視し、家を出て勉強したいと言い出す。それが、この映画のストーリーの核になる。それを許せば、稼ぎ手をひとり失い、食うに困る状況になるのは分かり切っている。両親は思案する。母親は反対である。次男、三男は、兄が許しを得られれば自分たちの道も開けるように思っているようだ。みな向学心があり、成績優秀であるが、家計の問題から進学できずにきたようである。

こうした家庭は多くあったにちがいない。当方は北野武の家を想起しつつ見ていた。たけしの家も貧しかった。だが、母親のさきサンは、学問を身につけることが八方塞がりを打開する唯一の方法と考えた。だから、進学をすすめる。「まさる兄ちゃん」が勉強できるように、街灯の下に机を持って行き、懐中電灯で照らして勉強を助けたと聞いている。家計の苦しさの違いもあるかもしれない。子どもたちの優秀さ・可能性のちがいもあるかもしれないが、この映画の母親は現状を乗り切ることしか頭にない。

そういう苦しい暮らし向きながらも、父親は居酒屋で飲んでいい気分で歌をうたい、その報告をちいさな子どもたちから受けると母親は喜んでいる。息子たちは喫茶店に出向いてコーヒーを飲む。苦しい家計のなかでも、たのしみはそれなりに取り分けておきたいものなのだろう。苦しいから、なおさら娯楽が必用なのかもしれない。

当映画中、次男が喫茶店の娘と映画に行く約束をする場面がある。最近、昭和11年に東京調布に生まれたご老人(85歳)とお話しする機会があった。ご老人の子供の頃、映画は3本立てで、ニュースを入れてほぼ4時間だったこと。家族で見に出かけることのできる、今よりずっと身近な(お金のかからない)娯楽だったことなど伺うことができた。

ラストシーンは、希望と喜びの表現として、息子たちが繰り返し「でんぐり返し」をおこなう。森光子が『放浪記』のなかで、でんぐり返しをやったのは、もしかして、このシーンに触発されてのことからかもしれない。






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