SSブログ

真実は秘密のままにしておきたい?(『アンネ・フランクの密告者』から) [本・書評]

アンネ・フランクをご存知だろうか。『アンネの日記』を書いた少女の名前である。有名な本である。多くの方が読んでいることだろう。

当方は今、以下の『アンネ・フランクの密告者』という本を読んでいる。

アンネ・フランクの密告者 最新の調査技術が解明する78年目の真実 (「THE BETRAYAL OF ANNE FRANK」邦訳版)

アンネ・フランクの密告者 最新の調査技術が解明する78年目の真実 (「THE BETRAYAL OF ANNE FRANK」邦訳版)

  • 出版社/メーカー: ハーパーコリンズ・ジャパン
  • 発売日: 2022/02/16
  • メディア: 単行本



実のところ、恥ずかしながら、当方は『アンネの日記』を読んでいない。それでも、ナチス・ドイツ支配下のオランダにおける悲惨な記録であることくらいは分かる。きっと、未来を希望し生きることをつよく願っていたにも関わらず、少女の命(未来)があえなく断たれたことが感銘を与えてきたのだろうと想像する。

ユダヤ人迫害(本書のなかでは「ユダヤ人狩り」と称されている)の波を逃れ、2年以上ものあいだうまく隠れていたにもかかわらず、もう少しすれば連合国の勝利(ナチス・ドイツの敗北)によって、引きこもり生活から解放されるという頃合いになって、フランク一家は逮捕されてしまう。そして収容所送りになり、父親以外は死んでしまう。本書は、彼らの居場所を密告したのは誰かを最新の科学技術等を利用して、明らかにしていく様を追う。

密告者がだれであるか、そんなことは既に分かっているものと思っていたら、「〈アンネ・フランク財団〉のスタッフによると、今日に至るまで、見学者の質問のなかでいちばん多いのは‟誰がアンネ・フランクを密告したか?”だ」(p141)そうである。本書は、その疑問に答えようとする調査チームの記録である。

まだ読了していない。ちょうど半分くらいまで読んだ。だから、密告者が特定されるところまで読んでいない。それでも、仮説と検証の積み重ねで真実に迫っていく様子を、テンポのいい翻訳で読むことができる。予想以上に、おもしろい本である。

そう、思っていたら、出版された本国オランダでタイヘンなことになっていた。出版後、回収されたという。本書は、いわゆる曰くつきの本になってしまった。

「アンネの日記」隠れ家“密告者特定”調査本 批判受け回収へ
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220324/k10013549631000.html


上記URL記事によると、〔アンネがなぜ秘密警察に見つかったのかは長年、謎とされてきましたが、アメリカのFBI=連邦捜査局の元捜査官などでつくるチームが具体的な人物名を挙げて「ユダヤ人の男性が隠れ家を密告した可能性がある」とする新たな調査結果をまとめ、これをもとにことし1月、本が出版されていました。/ しかし出版後、専門家からは結論を疑問視する声が上がり、海外メディアによりますと、今週行われた専門家による議論でも、調査が仮説のみに基づき、証拠の解釈も誤っていると指摘されていました。 / こうしたことを受け22日、オランダの出版社は本の回収を決めたと発表しました。/ この中で出版社は「本の内容で傷ついたすべての人に対し、真摯(しんし)に謝罪したい」としています。〕と、ある。

実際のところ、読んでいくと、フランク一家逮捕には直接関係しないまでも、他のユダヤ人を密告して、戦後まで生き延びた人が多くいることが分かる。そのような「対独協力者」で実名が出されている人もいる。事件から80年経過すれば、その子や孫、ひ孫まで含めればたいへんな数にのぼるだろう。本書で、自分の遠い親族のだれかが事件に関係していたことを初めて知る人もいるだろう。自分は善良なオランダ人と思っていた人ほど、いたたまれない内容であるにちがいない。「容疑者」と同様の精神の持ち主(つまりユダヤ人を嫌い排除する傾向の人)まで含めたなら、オランダ人のほぼすべてが関係してくるにちがいない。当時、それが発覚したなら自分も収容所送りになるのを覚悟で、ユダヤ人の支援者として彼らをかくまい。食料を届けた人は、きわめて少ない数でしかないにちがいない。要するに本書は、だれもが知りたいことでありながら、(特にオランダ人にとっては)知らないままにしておきたい、忘れてしまいたい秘密であるということなのだろう。「本の内容で傷ついたすべての人」とはオランダ人すべてということかもしれない。真実を明らかにしようとする本が、いわくつきの迷惑本とされてしまった。

それでも本書は、具体的な事例に基づき、本当に窮迫・窮乏したとき、人間はどのように行動するものか、裏切り者(密告者)はどのように近づいてくるものかを知ることのできる本である。また、多くの場合、「裏切り者」は親しい間柄から登場することになっている。イエス・キリストとその弟子ユダ・イスカリオテの場合のようにである。いつも人を、しかも身近な人を警戒しながら生活するなどご免である。しかし、政情の変化等でいつなんどきそうなるかもしれない。そういう日が来た時に、自分が「裏切り者」にならないように、身を守る助けとなるようにも思う。


アンネの日記 増補新訂版

アンネの日記 増補新訂版

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2014/06/27
  • メディア: Kindle版



舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

舊新約聖書―文語訳クロス装ハードカバー JL63

  • 作者: 日本聖書協会
  • 出版社/メーカー: 日本聖書協会
  • 発売日: 1993/11/01
  • メディア: 大型本




共通テーマ:日記・雑感