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小林亜星、両足を棺桶に入れる(矢崎泰久氏、追悼文から) [ニュース・社会]

本日(6/16)『讀賣新聞』に、小林亜星追悼記事が出ていた。

追悼文の筆者は矢崎泰久氏。「同世代で、長年にわたり深い親交を築いた元『話の特集』編集長」と紹介されている。

当方は、小林亜星といえば、「サントリーオールド」のCMを思い出す。ロンドンディドンシュビダドン・・と歌のはいるやつだ。

マルチタレントとして活躍したが、当方にとって小林亜星は、あくまでも音楽家である。ちなみに、作曲家であるだけでなく、歌もうたう。その声を当方はたいへん気にいっている。

1979年 サントリーオールド CM
https://www.youtube.com/watch?v=DBzhhTzTXBY


矢崎氏の追悼文のタイトルは「小林亜星さんを悼む」とたいへん凡庸だ。しかし、氏いわく「亜星ちゃん」の別の面が分かってオモシロイ。

*****以下、引用*****

80歳を超えて、私たちは「棺桶片足組」というグループを作った。メンバーは10人近く集まったが、5人でライブをあちこちで開いた。昭和の生き残りが、伝え残しておきたいことを話しておこうというわけだ。亜星ちゃんと桜井順さんが音楽家では参加した。

田原総一朗(テレビキャスター)、山根二郎(弁護士)、白井佳夫(映画評論家)といった論客もいたので、のべつ激論となり、仲間割れすることも少なくなかった。戦争体験となると、1年、2年の違いによって大きな差があった。亜星ちゃんは、どちらかと言うとおっとりしていて、突然集中砲火を浴びることがあった。それでも頑として自説を曲げなかった。

コロナ禍がなかったら、おそらく今も続いていただろう。残念でならない。

*****引用ここまで*****

棺桶片足組TALK SHOW われら昭和の生き残り、黙って死ねる …http://espacebiblio.superstudio.co.jp/?p=6632


「戦争体験となると、1年、2年の違いによって大きな差があった」とある。そのことを、当方は、司馬遼太郎と三島由紀夫との関係で、さらには昭和5年生まれの野坂昭如と渡部昇一、さらには昭和9年生まれの井上ひさしとの間に感じていた。であるから、「棺桶片足組」の間で「仲間割れ」するほどの「激論」になったことは、さもありなんという感じである。

驚くべきは、『片足棺桶組』の面々が「のべつ激論とな」ったにも関わらず、皆ひとしく同じ棺桶に片足を突っ込み、そこを離れることなく席を同じくしていたということである。そのことが当方には好ましく思える。戦後民主主義社会の草創期を生き、戦後をカタチ作ってきた方たちならではの付き合い方に思えるのである。

一度、テレビニュースを見ていて、小林亜星の激しさを感じたことがある。音楽家の著作権をあつかう団体の上層部の不正が明らかになったときのことだったと覚えている。亜星さんが怒気をはらんで詰め寄っている姿が印象に残っている。テレビカメラが回っていることなど、まったく眼中にない猛烈さだった。

しかし、「棺桶片足組」では、もっぱら集中砲火を浴びたという。あのカラダでフトコロ深く、横綱大鵬のように相手の攻撃を吸収し殺すこともできた、打たれ強い人だったのかもしれない。

その亜星さんが、片足だけでなく、両足を棺桶に入れてしまった。

亜星逝って、またまた昭和は、遠くなりにけり である。


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https://kankyodou.blog.ss-blog.jp/2016-01-04


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