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「僕はジョージ・オーウェルが好きなのだ」( 宇野重規『半歩遅れの読書術』、日経新聞掲載) [読んでみたい本]

政治学者の 宇野重規氏が、村上春樹『1Q84』のネタ元の主(ぬし)ジョージ・オーウェルについて書いている。

タイトルは「やんちゃな少年の心に憧れ 現世への屈折した愛と喜び」。

以下に、全文引用するが、誘われて、その作品(評論も含めて)を、読んでみたいと思わせるものだ。

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文章を書く人にとって、憧れる書き手がいるものだ。僕もここで白状してしまおう。何を隠そう、僕はジョージ・オーウェルが好きなのだ。

えっ、オーウェルだって、と言われるかもしれない。『1984』や『動物農場』を書いて、管理社会を批判した文学者。スペイン内戦に義勇軍として参加し、フランコ将軍と戦った政治的人物。世のイメージはそんなところだろう。でも、僕の好きなのは、それとはちょっと違ったオーウェルなのだ。

名門イートン校を卒業しながら、大学には進学しなかったオーウェルは、英国の植民地であったビルマに行く。しかし、そこで帝国主義のお先棒を担ぐことにうんざりしてヨーロッパに戻り、ロンドンとパリで皿洗いの極貧生活を送る。やがて文章を書いて評判になるが、スペイン内戦に参加するなど、いつまでたっても落ち着かない。

そこに浮かび上がるのは、皮肉屋なところもあるけど正直で、おっちょこちょいだけど、まずは現場を見ようとするオーウェルの姿である。実際、スペインに行ったオーウェルは、やがてソ連の援助を受けた共産党軍の欺瞞に気づくことになる。その意味で、彼を単純に右とか左とか言っても始まらない。「管理社会批判」という便利なレッテルに押し込むには、あまりにその感性はみずみずしい。

間違いないのは、オーウェルが文章を書くのを愛したことだ。彼は、なんとしても自分を貫き、少しでも美しい文章を書き、歴史的真実を記録したいと願う。さらには「政治的」な発言をすることも恐れない。言い換えれば、矛盾した社会において、何を理想の社会とするかをオーウェルは問い続けた。

「命があって健康なかぎりは、いつになっても文体に執着し、現世を愛し、内容のある具体的なこととか、実益のない知識の断片を楽しむ性癖は変わらないだろう」(「なぜ書くか」、『オーウェル評論集』、岩波文庫)。この文は僕にとっても、文章を書く上でのモットーだ。くだらないことを含め、この世界の物事が好きでたまらない。オーウェルの評論は、 (かなり屈折しているけど)喜びが基調にある。

オーウェルといえば管理社会批判、というイメージで済ましている読者も多いのではないか。それはあまりにもったいない。たしかに文章は、政治用語に満ちている。しかし、その根底にあるのは、何にでも関心を持ち、自分の感じたこと、考えたことをきちんと文章に表現したいと願う、一人のやんちゃな少年だと思う。 

(以上、『日経新聞』9月30日、読書欄 p28から)

ジョージ・オーウェル(ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB


オーウェル評論集 (岩波文庫 赤 262-1)

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  • メディア: 文庫



オーウェル評論集 1 象を撃つ

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  • 出版社/メーカー: 平凡社
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オーウェル評論集〈3〉鯨の腹のなかで (平凡社ライブラリー)

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  • 作者: ジョージ オーウェル
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オーウェル評論集〈4〉ライオンと一角獣 (平凡社ライブラリー)

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  • 作者: ジョージ オーウェル
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2009/12/01
  • メディア: 単行本




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