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『哲学な日々−考えさせない時代に抗して』=野矢茂樹・著 [読んでみたい本]

先の更新で、

「立て板に水」の安倍晋三と「アーウー」の大平正芳と、題するものを記したが・・・、

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-09-08

やはり、「立て板に水」という話し方は、対話する相手・聴衆といっしょに「共に考え」ようという配慮・意向の足りない、(あるいは「無い」)、一方的、独り善がりの話し方のようである。

そして、流暢この上ない論議・演説で、しかも、録音を文章に起こしてみると「文意不明」などという場合、それは、話者である本人自身、「考えていない」ことを証しするものであるにちがいない。ほかの誰か(官僚等)から吹き込まれたものを、消化せずに、吐き戻しているといったところなのだろう・・・

・・・などと、野矢茂樹著『哲学な日々−考えさせない時代に抗して』の書評を読みながら、思ったしだいである。

以下、その書評全文。

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今週の本棚:渡辺保・評 『哲学な日々−考えさせない時代に抗して』=野矢茂樹・著

毎日新聞 2015年11月08日 東京朝刊

◇現代社会に対する鋭い文明批評

野矢茂樹が教師になりたての頃、講義の最中に、自分の綿密に作った筈(はず)の講義ノートに突然納得できない「穴」を発見してしまった。軌道修正をしようとしたがうまくいかない。頭が真ッ白になってしどろもどろ。ようやく授業を終えたところへ一人の学生が近づいて来た。

 「今日の話は分かりやすかったですね」

 「はい? なんだって?」

そこで野矢茂樹は、ノートを頭に叩(たた)き込んで「立て板に水を流す」ようにしゃべる流儀を改めた。その学生の一言で「つっかかり、立ち止まって、思考のプロセスを学生に 晒(さら)しながら 、一歩一歩手探りで進」む授業にした。つまり学生と共に 考える ということである。第一「立て板に水を流」せば後にはなにも残らないではないか。そういう「独演会」をやっても「自分だけ気持ちよさそうにカラオケを歌って悦に入っているおじさん」と変わりがない。体育の教師が「私が運動するから君たちは見ていなさい!」といえば、教師の体力は確実に上がるが、学生の体力は上がらない。哲学の授業も体育と同じ実技なのだ。

このたとえ話がうまい。

本の題名だけ見て、いまどき哲学なんてと思う人もいるだろうが、「哲学の(、)日々」ではなくて「哲学な(、)日々」なのはなぜか?と思わなければ、この本の面白さはわからない。

ここには、日々、現実と闘いながら生きている一人の人間がいて、その姿がユーモラスにうまいたとえ話で描かれている。それを面白がって読んでいると、いつの間にか読者は哲学に近づいて行く。「哲学な日々」になる。モノの見方がかわる。

そこで著者が強調していることは大きくいって二つある。

一つは「考える」とはなにか。著者は現代は人間に考えさせない時代だという。分らないことがあるとすぐネットを使う。自分で考えようとしない。その通り。それが実に恐ろしいことなのは、自分で考えない人は人の意見を鵜呑(うの)みにする、そこで自分を見失い、他人に精神的に隷属するようになるからである。これはやさしく書いてあるけれど、現代社会に対する鋭い文明批評である。

著者の強調しているもう一つは、論理の必要性である。いま、世の中には少し論理的に考えれば筋の通らないことが溢(あふ)れている。たとえばなぜ日本の将来を決める重要案件がありながら国会は開かれないのか。あるいはまた国立競技場の建設問題。デザイン募集の条件に予算約千三百億円と提示されているのにその倍もかかるデザインをなぜ選んだのか。ここには論理的な思考が欠如している。もっとも著者は別にこういう具体的な問題に触れているわけではない。著者が触れているのは、論理はどのようにしてつくられるか、文章の上でどのように構築されるかという本質的な問題である。それを平易に描いている。これもまた現代社会の欠陥をつく批評である。

この本を読んで私は「文章読本」としてもすぐれていると思った。「文章読本」は有名な思想家、文豪のものが数多く存在するが、その中でもこれはすぐれている上に、明日から役に立つ実効性を持っている点で群を抜いている。

野矢茂樹は、哲学者、教師、エッセイストなだけではない。本の解説、書評もうまい。この本の第二部にはそれが収められているが、私がうまいと思うのは、著者に面と向かって、いいたいことを散々言った挙句に、いつの間にか読者に思わず本を手に取らせてしまうからである。書評家としてすぐれていると思うゆえんである。


哲学な日々 考えさせない時代に抗して

哲学な日々 考えさせない時代に抗して

  • 作者: 野矢 茂樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/10/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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