「めぐり合わせ」~「デイヴィッド・ヒューム」~「富田勲 追悼番組のお知らせ」 [アート・美術関連]
昨日の更新で、「めぐり合わせ」がどうのこうのと記したが、関連ありそうな資料をみつけた。「因果関係」に関する論議だ・・・。
以下の記述によるなら、自分の身にふりかかった出来事を、「奇遇」だの・・、「めぐり合わせ」だの、「シンクロニシティー」だのとみなす思い・・は、要するに、そう思う主体がそう思っているだけのこと・・ということになるのかもしれない。
ヒュームは、因果関係の特徴は「でなければならない(must)」という考え、あるいは必然性にあると見なした。しかし彼は、原因と結果の間に必然的な結合と言えるような結びつきはなく、事物は我々にそのような印象を与えないと論じ、「であるbe」あるいは「起こるoccur」でしかなく、「must」は存在しないと主張した。一般に因果関係といわれる二つの出来事のつながりは、ある出来事と別の出来事とが繋がって起こることを人間が繰り返し体験的に理解する中で習慣によって、観察者の中に「因果」が成立しているだけのことであり、この必然性は心の中に存在しているだけの蓋然性でしかなく、過去の現実と未来の出来事の間に必然的な関係はありえず、あくまで人間の側で勝手に作ったものにすぎないのである。では「原因」と「結果」と言われるものを繋いでいるのは何か。それは、経験に基づいて未来を推測する、という心理的な習慣である。
ヒュームは、それまで無条件に信頼されていた因果律には、心理的な習慣という基盤が存在することは認めたが、それが正しいものであるかは論証できないものであるとした。後世この考えは「懐疑主義的」だと評価されることになった。
デイヴィッド・ヒューム(David Hume)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0
この資料は、実は、哲学者ヒュームの評伝 を読み始めたのだが、むずかしいので、ヒューム自身や彼の生きた時代について、ウィキペディア等で調べていて(偶然、奇遇ですなあ・・)見つけたもの。原本を翻訳するだけでなく、詳細丁寧な背景的解説も加えて欲しいという思いで、今、いるところ。
もっとも、この本などは、ヒュームの哲学・思想の深いところを知るために、その背景的な知識として読まれるべき一般書として記されたものなのだろうが、その一般書も、むずかしく感じるのがシロウトというもの。そういう人間はそもそも手を出すべき本ではないのかもしれないが、なんであれ目の前に出てきた以上、読んでみたいと思うもの・・・
だって、これもソレ・・、「めぐり合わせ」というものでしょうが・・・
5/28追記
ヒュームの生きた時代背景を知るこんな資料を発見・・
スコットランド啓蒙における「学問の国」と「社交の国」
The ‘Dominions’ of ‘Learning’ and of ‘Conversation’
in the Scottish Enlightenment
坂 本 達 哉
SAKAMOTO Tatsuya
http://chssl.lib.hit-u.ac.jp/education/publication/images/22_03.pdf
本日のブログ更新は、実は、全然、ヒュームの話はメインではなく、明日、先日亡くなった富田勲さんの特別番組があるので、それについてお知らせしようと思ったしだい。
冨田 勲さん追悼 関連番組放送のお知らせ
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=05692
5月5日に亡くなられた作曲家・冨田 勲さんをしのんで、関連番組を放送します。
「未来を走り続けた冨田勲の音世界」
【放送予定】5月27日(金)[NHK-FM]後2:00~6:00
【案内役】吉松 隆(作曲家)
【ゲスト】藤岡幸夫(指揮者)ほか
以下の記述によるなら、自分の身にふりかかった出来事を、「奇遇」だの・・、「めぐり合わせ」だの、「シンクロニシティー」だのとみなす思い・・は、要するに、そう思う主体がそう思っているだけのこと・・ということになるのかもしれない。
ヒュームは、因果関係の特徴は「でなければならない(must)」という考え、あるいは必然性にあると見なした。しかし彼は、原因と結果の間に必然的な結合と言えるような結びつきはなく、事物は我々にそのような印象を与えないと論じ、「であるbe」あるいは「起こるoccur」でしかなく、「must」は存在しないと主張した。一般に因果関係といわれる二つの出来事のつながりは、ある出来事と別の出来事とが繋がって起こることを人間が繰り返し体験的に理解する中で習慣によって、観察者の中に「因果」が成立しているだけのことであり、この必然性は心の中に存在しているだけの蓋然性でしかなく、過去の現実と未来の出来事の間に必然的な関係はありえず、あくまで人間の側で勝手に作ったものにすぎないのである。では「原因」と「結果」と言われるものを繋いでいるのは何か。それは、経験に基づいて未来を推測する、という心理的な習慣である。
ヒュームは、それまで無条件に信頼されていた因果律には、心理的な習慣という基盤が存在することは認めたが、それが正しいものであるかは論証できないものであるとした。後世この考えは「懐疑主義的」だと評価されることになった。
デイヴィッド・ヒューム(David Hume)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0
この資料は、実は、哲学者ヒュームの評伝 を読み始めたのだが、むずかしいので、ヒューム自身や彼の生きた時代について、ウィキペディア等で調べていて(偶然、奇遇ですなあ・・)見つけたもの。原本を翻訳するだけでなく、詳細丁寧な背景的解説も加えて欲しいという思いで、今、いるところ。
もっとも、この本などは、ヒュームの哲学・思想の深いところを知るために、その背景的な知識として読まれるべき一般書として記されたものなのだろうが、その一般書も、むずかしく感じるのがシロウトというもの。そういう人間はそもそも手を出すべき本ではないのかもしれないが、なんであれ目の前に出てきた以上、読んでみたいと思うもの・・・
だって、これもソレ・・、「めぐり合わせ」というものでしょうが・・・
5/28追記
ヒュームの生きた時代背景を知るこんな資料を発見・・
スコットランド啓蒙における「学問の国」と「社交の国」
The ‘Dominions’ of ‘Learning’ and of ‘Conversation’
in the Scottish Enlightenment
坂 本 達 哉
SAKAMOTO Tatsuya
http://chssl.lib.hit-u.ac.jp/education/publication/images/22_03.pdf
本日のブログ更新は、実は、全然、ヒュームの話はメインではなく、明日、先日亡くなった富田勲さんの特別番組があるので、それについてお知らせしようと思ったしだい。
冨田 勲さん追悼 関連番組放送のお知らせ
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=05692
5月5日に亡くなられた作曲家・冨田 勲さんをしのんで、関連番組を放送します。
「未来を走り続けた冨田勲の音世界」
【放送予定】5月27日(金)[NHK-FM]後2:00~6:00
【案内役】吉松 隆(作曲家)
【ゲスト】藤岡幸夫(指揮者)ほか
「ああ、日本がいっちゃう」 (国本武春追悼) [アート・美術関連]
国本武春 逝く。
55歳。いちばんあぶらののっているときに・・・
作家の井上ひさしが、以前はなしていたことだ。オーストラリア遊学時、司馬遼太郎先生がやってきて、その案内役をした。
幾日かともに過ごし、司馬さん搭乗の飛行機を見送るときの気持ち
「ああ、日本がいっちゃう」
武春 逝って、そんな感じだ。
しばらく前に大病をした。そのときのことを、文化放送『日曜は がんばらない』で、武春自身、話している。鎌田實 村上信夫がお相手だ。直接、その声も聞くことできる。浪曲のひとふしも・・
2012年9月16日 第24回放送分
http://www.joqr.co.jp/kamata/2012/09/
************
国本武春 in 道頓堀ZAZA.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3hBIkWmcfFs
当該ブログで取り上げた「国本武春」関連記事
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=%E5%9B%BD%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E6%98%A5
55歳。いちばんあぶらののっているときに・・・
作家の井上ひさしが、以前はなしていたことだ。オーストラリア遊学時、司馬遼太郎先生がやってきて、その案内役をした。
幾日かともに過ごし、司馬さん搭乗の飛行機を見送るときの気持ち
「ああ、日本がいっちゃう」
武春 逝って、そんな感じだ。
しばらく前に大病をした。そのときのことを、文化放送『日曜は がんばらない』で、武春自身、話している。鎌田實 村上信夫がお相手だ。直接、その声も聞くことできる。浪曲のひとふしも・・
2012年9月16日 第24回放送分
http://www.joqr.co.jp/kamata/2012/09/
************
国本武春 in 道頓堀ZAZA.wmv
https://www.youtube.com/watch?v=3hBIkWmcfFs
当該ブログで取り上げた「国本武春」関連記事
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/search/?keyword=%E5%9B%BD%E6%9C%AC%E6%AD%A6%E6%98%A5
水木しげる 人間引退 [アート・美術関連]
水木しげるさんが亡くなった。
水木しげるさん死去:妖怪通じ現代に警鐘
毎日新聞 2015年11月30日 13時09分(最終更新 11月30日 13時47分)
http://mainichi.jp/select/news/20151130k0000e040200000c.html
ことしに入って、「オモチロイことがなくなって、便秘になった」のを機に、漫画家を引退したように聞いていたが、人間も引退してしまわれた。
水木しげる 現役引退?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-05-10
93歳というから、昔なら (今でもそうかもしれないが)、葬式で赤飯をたいて祝う年齢だ。
いつか必ず人の行く道だが、「ゲゲゲの女房」は憔悴していないだろうか。エッちゃんは、大丈夫だろうか。
妖怪の総大将「ぬらりひょん」は、水木さんみたいなものではないかと思っていたが、総大将が逝ってしまわれた。
**********
一番妖怪くさい人:水木しげる
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-12-2
『鬼太郎が見た玉砕』を見た
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-13
水木しげるさん死去:妖怪通じ現代に警鐘
毎日新聞 2015年11月30日 13時09分(最終更新 11月30日 13時47分)
http://mainichi.jp/select/news/20151130k0000e040200000c.html
ことしに入って、「オモチロイことがなくなって、便秘になった」のを機に、漫画家を引退したように聞いていたが、人間も引退してしまわれた。
水木しげる 現役引退?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-05-10
93歳というから、昔なら (今でもそうかもしれないが)、葬式で赤飯をたいて祝う年齢だ。
いつか必ず人の行く道だが、「ゲゲゲの女房」は憔悴していないだろうか。エッちゃんは、大丈夫だろうか。
妖怪の総大将「ぬらりひょん」は、水木さんみたいなものではないかと思っていたが、総大将が逝ってしまわれた。
**********
一番妖怪くさい人:水木しげる
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-12-2
『鬼太郎が見た玉砕』を見た
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-13
お父ちゃんと私―父・水木しげるとのゲゲゲな日常 (YM books)
- 作者: 水木 悦子
- 出版社/メーカー: やのまん
- 発売日: 2008/03/08
- メディア: 単行本
女優川島なお美の死 (そのイメージと身体、そしてメディア) [アート・美術関連]
川島なお美のことを書こうと思う。どこに着地するかわからないが、書いてみようと思う。
今朝の『スポニチ』1面には、川島なお美のことがおおきく取りあげられていた。1面を飾っていたのは、川島なお美の死。メディアは、川島の死を飾り立てていた。
先日ネット上に、記者会見のもよう(写真)が出ていた。『スポニチ』に出ていたのもその写真なのだろう。やせ細ったようすを見ての率直な感想は、「出てこなければいいのに」というjものだった。美人女優としてのイメージを破壊してしまうではないかと思ったのである。そして、思いは飛んで、(話題が古くて申し訳ないが)原節子のようにひっそりひそかに死をむかえればいいではないかと思ったのである。とうていその姿からは、回復復帰するようには思えなかったのだ。
数年前、胃がんで急逝された知人がいる。50代はじめだった。たいへん可愛らしい方で、皆から慕われていた。お棺にはいった姿も美しかった。追悼式でのこと、いまでは遺影となったありし日の姿の数々を見ながら、ほとんどひとりごとのように口をついて出たのは、「お見舞って来てほしいものかな・・」というものだった。ホスピスで撮影されたものを見て、入院闘病中のくちべにもさしていないところを見舞われるのは、いかがなものだろうかという思いからでたのだと思う。すると、たまたま横にいた女性が「相手にもよるでしょうね・・」と、これもまたほとんどひとりごとのように応じた。
いわばフツウの女性の感覚からいって、そうであるなら、女優を業としていた人にとって、やせ細ってあさましい姿を「相手かまわず」さらすというのはたいへん辛いことではないかと思ったのである。御主人もよく人前に出るのを制しなかったものだとも思ったのである。
ただ逆にいえば、「相手かまわず」自分をさらす女優という仕事にたずさわってきたのであるから、区切りとして(古いことばでいうなら、ケジメとして)、きちんとマスコミを通じ皆さまにご挨拶をしましょうということだったのかもしれない。御主人も、本人の意思の強さにとうてい抗うことができなかったのかもしれない。今、本人のブログがあるというので覗いてみたら、舞台降板することへの申し訳ない気持ちと、代役をたてての公演予定をそのまま受け入れてくれた関係者各位への感謝が示されてあり、あとを濁すまいとのつよい意志も感じられた。
勝手な想像だが、川島なお美という女優にとって、女優というより、ひとりの人間として意識が大であったのかもしれない。いわゆるアイデンティティという見地からいえば、川島なお美のそれは、女優ではなく、人間だったということだ。ひとりの人間として、自分をこれまで見守ってくれた皆さんに、たとえ女優としてのイメージを破壊したとしても、感謝を表明したいということだったのかもしれない。彼女にとっては、マスコミをとおして周知され、見聞きするであろうすべての人が、もし見舞ってくれるなら感謝して受け入れることのできる望ましい「相手」だったのかもしれない。
ここまで書いてきての結論は、川島なお美のその心映えの美しさに行き着きそうだが、記者会見の川島を見て「やせ細ってあさましい・・」と見なすのは少数派に過ぎず、川島なお美本人も大多数の人々も(今日のスリム志向の美意識からいって)全然そのようには見なしていないということもありうる。また、回復復帰を本当に信じていたということもありうる。そうなると、結論を変える必要もあるということになるのだろうが・・・。
今、平凡社から出ているえらいむずかしい本を読んでいる。というか、読みあぐねている。『イメージ人類学』と題するその本には、美術史の対象として扱われてきた美術作品(イメージ)を人類学の範疇で捉え直そうといいう試みについて記されている。そこでは、美術作品(イメージ)と身体とメディア(媒体)との関係が記され、身体そのものがひとつのメディアとして機能するという“ような”ことが書いてある。遺影をたとえとするなら、遺影というイメージは、死によって、いまや身体を喪失し不在となった身体の実在を証しするものであり、身体そのものもまた、身体のイメージであるとともに、その媒体(メディア)でもあるといった内容なのである。
川島なお美のイメージとその身体とを想起しながら読み進めると、読みあぐねていたものを前身させることができるかもしれない。
今朝の『スポニチ』1面には、川島なお美のことがおおきく取りあげられていた。1面を飾っていたのは、川島なお美の死。メディアは、川島の死を飾り立てていた。
先日ネット上に、記者会見のもよう(写真)が出ていた。『スポニチ』に出ていたのもその写真なのだろう。やせ細ったようすを見ての率直な感想は、「出てこなければいいのに」というjものだった。美人女優としてのイメージを破壊してしまうではないかと思ったのである。そして、思いは飛んで、(話題が古くて申し訳ないが)原節子のようにひっそりひそかに死をむかえればいいではないかと思ったのである。とうていその姿からは、回復復帰するようには思えなかったのだ。
数年前、胃がんで急逝された知人がいる。50代はじめだった。たいへん可愛らしい方で、皆から慕われていた。お棺にはいった姿も美しかった。追悼式でのこと、いまでは遺影となったありし日の姿の数々を見ながら、ほとんどひとりごとのように口をついて出たのは、「お見舞って来てほしいものかな・・」というものだった。ホスピスで撮影されたものを見て、入院闘病中のくちべにもさしていないところを見舞われるのは、いかがなものだろうかという思いからでたのだと思う。すると、たまたま横にいた女性が「相手にもよるでしょうね・・」と、これもまたほとんどひとりごとのように応じた。
いわばフツウの女性の感覚からいって、そうであるなら、女優を業としていた人にとって、やせ細ってあさましい姿を「相手かまわず」さらすというのはたいへん辛いことではないかと思ったのである。御主人もよく人前に出るのを制しなかったものだとも思ったのである。
ただ逆にいえば、「相手かまわず」自分をさらす女優という仕事にたずさわってきたのであるから、区切りとして(古いことばでいうなら、ケジメとして)、きちんとマスコミを通じ皆さまにご挨拶をしましょうということだったのかもしれない。御主人も、本人の意思の強さにとうてい抗うことができなかったのかもしれない。今、本人のブログがあるというので覗いてみたら、舞台降板することへの申し訳ない気持ちと、代役をたてての公演予定をそのまま受け入れてくれた関係者各位への感謝が示されてあり、あとを濁すまいとのつよい意志も感じられた。
勝手な想像だが、川島なお美という女優にとって、女優というより、ひとりの人間として意識が大であったのかもしれない。いわゆるアイデンティティという見地からいえば、川島なお美のそれは、女優ではなく、人間だったということだ。ひとりの人間として、自分をこれまで見守ってくれた皆さんに、たとえ女優としてのイメージを破壊したとしても、感謝を表明したいということだったのかもしれない。彼女にとっては、マスコミをとおして周知され、見聞きするであろうすべての人が、もし見舞ってくれるなら感謝して受け入れることのできる望ましい「相手」だったのかもしれない。
ここまで書いてきての結論は、川島なお美のその心映えの美しさに行き着きそうだが、記者会見の川島を見て「やせ細ってあさましい・・」と見なすのは少数派に過ぎず、川島なお美本人も大多数の人々も(今日のスリム志向の美意識からいって)全然そのようには見なしていないということもありうる。また、回復復帰を本当に信じていたということもありうる。そうなると、結論を変える必要もあるということになるのだろうが・・・。
今、平凡社から出ているえらいむずかしい本を読んでいる。というか、読みあぐねている。『イメージ人類学』と題するその本には、美術史の対象として扱われてきた美術作品(イメージ)を人類学の範疇で捉え直そうといいう試みについて記されている。そこでは、美術作品(イメージ)と身体とメディア(媒体)との関係が記され、身体そのものがひとつのメディアとして機能するという“ような”ことが書いてある。遺影をたとえとするなら、遺影というイメージは、死によって、いまや身体を喪失し不在となった身体の実在を証しするものであり、身体そのものもまた、身体のイメージであるとともに、その媒体(メディア)でもあるといった内容なのである。
川島なお美のイメージとその身体とを想起しながら読み進めると、読みあぐねていたものを前身させることができるかもしれない。
なんともほんわかまったりした戦前の映画(丹下左膳餘話 百萬両の壺) [アート・美術関連]
戦前の映画を、掘り出してきた。
ちゃんちゃんばらばらの大活劇かと思ったら、そうではない。
キタナイつぼをめぐって話は展開する。クズ屋に10文で売り飛ばしたつぼ。実は100万両の値打ちのある器(うつわ)だった。それは、柳生家から、ムコ養子に出した弟夫婦に贈ったもの。贈ったあとで、「事実」を知ったお殿様は、弟からつぼを、取り戻そうとする。弟もまた、「事実」を知って、クズ屋から取り戻そうとくわだてる。
つぼは、クズ屋から、少年の手にわたり、みなし子となった少年は、丹下左膳の世話をうけるようになる。左膳は左膳で、居候の身。おんな主とふたりで、少年の親代わりになる。
転々とするつぼを、ムコ殿はさがして歩く。さがしにでようとする夫を、妻が励ます。「100万両ですのよ、あなた」という言葉が、ばかばかしくおかしい。夫は夫で、「江戸は広いし、10年かかるか、20年かかるか、かたき討ちをするようなもの」とくりかえし応じる。
家臣をもちいて真剣にさがす柳生のお殿様に対して、ムコ殿の方は、「事実」を知りながらも、どこかどうでもいい。「100万両」を口実に江戸市中をあそんで回っている。そのうち左膳の店に出入りするようになり、話はいよいよおもしろく・・・。
ほんとうに殿様の器量のあるのは、実は弟のムコ殿の方かもしれない。見ようによっては、つぼをめぐるバブルの話ということもできそうだ。つぼをめぐって人間の値打ちまで見え隠れする。
これまでのシリーズで他の監督がちゃんちゃんばらばらを演じさせていた左膳を、当該映画の監督山中貞雄は「人情喜劇」にしたてたという。同じ山中監督のもので、『人情紙風船』も見たが、たいへんな才能を感じさせる。なんど見ても飽きない。
惜しいことには、先の戦争で徴兵され、戦地で亡くなった。ほんとうに、惜しいかな、ああ惜しいかな・・・である。
**********
山中貞雄 - 丹下左膳餘話 百萬兩の壺
Sazen Tange and the Pot Worth a Million Ryo(1935)
https://www.youtube.com/watch?v=-iUy9j-MK6w
山中貞雄を見よう!!
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shadow/_shadow/index.html
水木しげる 現役引退? [アート・美術関連]
水木しげるの連載がビッコミで突然の最終回のニュース。
水木しげる「わたしの日々」が、本日5月9日に発売されたビッグコミック10号(小学館)にて最終回を迎えた。
「わたしの日々」は2013年12月に同誌で連載をスタート。今年93歳を迎える水木が、戦争体験をはじめとする昔話や現在の生活についてフルカラーで描くショート作品だ。最終回「単調な日々」ではタイトルの通り、あまり“オモチロイ”ことがなく便秘になってしまった作者の体験が綴られた。連載全34回分を収めた単行本は7月末に刊行される予定。
http://news.mynavi.jp/news/2015/05/09/246/
**********
水木さん、現役引退とおぼしき記事?
当方、小学生のころ、寄り道をしては、神社の境内、社殿のイヌ走りで、妖怪事典のたぐいを、ともだちと見るのが楽しみだった。怖がりのくせして、いろいろ覚え、妖怪学者にでもなった気でいた。単行本の漫画をはじめて買ったのも、水木しげるのゲゲゲ。
50年も前のはなしだ。
ソレ以前から、コレまでずっと現役できたのだから、水木さんのキャリアは妖怪ナミだ。水木さんの世代が、ほとんど消えうせた今、いまだ現役でいるところなど、やはり妖怪っぽい。人間の風貌をしてはいるが、実は妖怪ではないかとひそかに思っている。
一番妖怪くさい人:水木しげる
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-12-2
水木さんは、戦争を、生きた経験として語ることのできる一人だ。戦争中、水木さんは、腕をイッポン奪われた。友人・知人を殺された。戦争に、だ。それ以来、痛みをもって生きてきた。
いま、水木さんを、語り部としてもつことができるのは、戦争を知らない面々にとって「国宝級」といってイイ。
*************
NHKドラマ『鬼太郎が見た玉砕』を見た
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-13
*************
水木しげる「わたしの日々」が、本日5月9日に発売されたビッグコミック10号(小学館)にて最終回を迎えた。
「わたしの日々」は2013年12月に同誌で連載をスタート。今年93歳を迎える水木が、戦争体験をはじめとする昔話や現在の生活についてフルカラーで描くショート作品だ。最終回「単調な日々」ではタイトルの通り、あまり“オモチロイ”ことがなく便秘になってしまった作者の体験が綴られた。連載全34回分を収めた単行本は7月末に刊行される予定。
http://news.mynavi.jp/news/2015/05/09/246/
**********
水木さん、現役引退とおぼしき記事?
当方、小学生のころ、寄り道をしては、神社の境内、社殿のイヌ走りで、妖怪事典のたぐいを、ともだちと見るのが楽しみだった。怖がりのくせして、いろいろ覚え、妖怪学者にでもなった気でいた。単行本の漫画をはじめて買ったのも、水木しげるのゲゲゲ。
50年も前のはなしだ。
ソレ以前から、コレまでずっと現役できたのだから、水木さんのキャリアは妖怪ナミだ。水木さんの世代が、ほとんど消えうせた今、いまだ現役でいるところなど、やはり妖怪っぽい。人間の風貌をしてはいるが、実は妖怪ではないかとひそかに思っている。
一番妖怪くさい人:水木しげる
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-12-2
水木さんは、戦争を、生きた経験として語ることのできる一人だ。戦争中、水木さんは、腕をイッポン奪われた。友人・知人を殺された。戦争に、だ。それ以来、痛みをもって生きてきた。
いま、水木さんを、語り部としてもつことができるのは、戦争を知らない面々にとって「国宝級」といってイイ。
*************
NHKドラマ『鬼太郎が見た玉砕』を見た
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-08-13
*************
米朝、逝って、心配、無くなる [アート・美術関連]
タイトルを見て、お叱りを受けそうでもあるが・・、ホントウの話し。
米朝師匠の年齢からいって、いつ逝ってもおかしくないし、ご病気の話しも聞いていたので、それなりに心配していたのだ。
ときとして、「米朝」が話題となる。「米朝師匠、ついに亡くなったか」とドキッとする。
亡くなってもおかしくないのだから、ドキッとする必要もないのだが、それでもドキッとする。人が亡くなるというのは、それがダレであってもドキッとさせられるものらしい。
その「米朝」が、師匠のことでナイことが、これまでたびたびあった。「米朝会談」というアレである。アメリカと朝鮮のことで、「米朝」とアナウンスされるたびに、ドキッとしていたのである。
もっとも、当方、ヘンなところがあって(言うまでもなく知る人ぞ知るなのだが)、ハンニチ・デモと聞くと「半日とは、なんと中途半端な・・」などと思ったりする御仁なので、まあお許し願いたい。
昨日、チュニジアのテロのことを更新して、「ヒトも歩けばタマに当たる」など書いたが、世界中どこであっても絶対安全などということはナイ。絶対安全安心なのは、死んで意識の無い人たちくらいだ。やすらかに眠っている死者たちくらいである。生きている人間には不安がつきまとい、生きる意志が強い人ほど安心からは遠のく・・・。
米朝さんが、これから高座に上がろうとするとき、楽屋で弟子の訃報を聞き、思案する様子がNHKで放映されたことがある。たしか正月の席ではなかったかと思う。正月と死は不似合いである。それでも、米朝師匠は、弟子の死を「まくら」で取り扱って笑いをとっていた。
弟子の死を話題にすることは、避けてとおれば、通れたろう。そのことでインタビュー受けると、「そんな情のないことできまへんがな、生身の米朝が話すんでっせ・・」と少々いら立ちながら答えていた。その思案する様子から、生身の米朝が人生のシビアな面をも笑いに化そうとする真摯さを感じた。
その時、師匠がとったのは、捨て身の方策だった。自分の死を「まくら」に含めることだった。米朝も生身である。将来かならず死ぬ・・そのことを弟子の死と結びつけた。
「三遊亭円生師匠がなくなったときは、パンダが日本に来て話題になっとりました。そのことが、新聞の一面に取り上げられとりましたが、円生師匠の訃報が、パンダよりちいさくでとりましたなあ。私のときは、のらない(掲載されない)んとちがいますかなあ・・」
師匠、残念でした。予測大ハズレです。新聞一面にでかでか出とりましたがな・・。
************
動画:記者会見のもよう
桂米朝さん死去。米団治さん、ざこばさんが会見
http://www.yomiuri.co.jp/stream/?id=2610947&ctg=3
戦後の上方落語界をリードし、日本を代表する落語家だった桂米朝さんが19日、89歳で死去し、一夜明けた20日午前、長男の桂米団治さん、一門の桂ざこばさんらが大阪市内で記者会見し、米朝さんをしのんだ。米団治さんは「眠るように逝きました。上方落語の世界を大きくしてくれた師匠でもあり、父でもある人に感謝の気持ちでいっぱいです」と語った。ざこばさんは「大往生というのは、これのことやな。上手に亡くなりはったな」と声を詰まらせ、涙を流した=大阪本社写真部 小出夏来撮影 2015年3月20日公開
立川「談志が死んだ!」・「あたまはツブシタのかい!」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-11-24
米朝師匠の年齢からいって、いつ逝ってもおかしくないし、ご病気の話しも聞いていたので、それなりに心配していたのだ。
ときとして、「米朝」が話題となる。「米朝師匠、ついに亡くなったか」とドキッとする。
亡くなってもおかしくないのだから、ドキッとする必要もないのだが、それでもドキッとする。人が亡くなるというのは、それがダレであってもドキッとさせられるものらしい。
その「米朝」が、師匠のことでナイことが、これまでたびたびあった。「米朝会談」というアレである。アメリカと朝鮮のことで、「米朝」とアナウンスされるたびに、ドキッとしていたのである。
もっとも、当方、ヘンなところがあって(言うまでもなく知る人ぞ知るなのだが)、ハンニチ・デモと聞くと「半日とは、なんと中途半端な・・」などと思ったりする御仁なので、まあお許し願いたい。
昨日、チュニジアのテロのことを更新して、「ヒトも歩けばタマに当たる」など書いたが、世界中どこであっても絶対安全などということはナイ。絶対安全安心なのは、死んで意識の無い人たちくらいだ。やすらかに眠っている死者たちくらいである。生きている人間には不安がつきまとい、生きる意志が強い人ほど安心からは遠のく・・・。
米朝さんが、これから高座に上がろうとするとき、楽屋で弟子の訃報を聞き、思案する様子がNHKで放映されたことがある。たしか正月の席ではなかったかと思う。正月と死は不似合いである。それでも、米朝師匠は、弟子の死を「まくら」で取り扱って笑いをとっていた。
弟子の死を話題にすることは、避けてとおれば、通れたろう。そのことでインタビュー受けると、「そんな情のないことできまへんがな、生身の米朝が話すんでっせ・・」と少々いら立ちながら答えていた。その思案する様子から、生身の米朝が人生のシビアな面をも笑いに化そうとする真摯さを感じた。
その時、師匠がとったのは、捨て身の方策だった。自分の死を「まくら」に含めることだった。米朝も生身である。将来かならず死ぬ・・そのことを弟子の死と結びつけた。
「三遊亭円生師匠がなくなったときは、パンダが日本に来て話題になっとりました。そのことが、新聞の一面に取り上げられとりましたが、円生師匠の訃報が、パンダよりちいさくでとりましたなあ。私のときは、のらない(掲載されない)んとちがいますかなあ・・」
師匠、残念でした。予測大ハズレです。新聞一面にでかでか出とりましたがな・・。
************
動画:記者会見のもよう
桂米朝さん死去。米団治さん、ざこばさんが会見
http://www.yomiuri.co.jp/stream/?id=2610947&ctg=3
戦後の上方落語界をリードし、日本を代表する落語家だった桂米朝さんが19日、89歳で死去し、一夜明けた20日午前、長男の桂米団治さん、一門の桂ざこばさんらが大阪市内で記者会見し、米朝さんをしのんだ。米団治さんは「眠るように逝きました。上方落語の世界を大きくしてくれた師匠でもあり、父でもある人に感謝の気持ちでいっぱいです」と語った。ざこばさんは「大往生というのは、これのことやな。上手に亡くなりはったな」と声を詰まらせ、涙を流した=大阪本社写真部 小出夏来撮影 2015年3月20日公開
立川「談志が死んだ!」・「あたまはツブシタのかい!」
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2011-11-24
どこでどうして嵯峨三智子・・ [アート・美術関連]
どこでどうして嵯峨三智子のことを書くことになったのかわからないのだが・・・
嵯峨三智子などと言っても、よっぽど年配の人でもないとわからないだろう。ウィキペディアによると1935年生まれとなっている。
当方からは、ほぼ親の世代にあたる。そんな人物をどうして知っているか。
答えはカンタン。彼女の映画をむかし見たからだ。
小学生のころ、嵯峨三智子が市川雷蔵と共演した時代劇作品が、テレビで繰り返し放映されていた。若いサムライの妻となるのだが、たいへん気の強い役を演じていた。時代劇とはいっても、軽いタッチの喜劇映画で、はじめて床を共にする夫を投げ飛ばすシーンもあった。
印象に残っているのは、嵯峨の色っぽさが抜群であったということだ。なんで年齢ヒトケタの子どもが色っぽさを理解できるのかと問われてもコマル。実際、そのように感じたのだからしかたない。
今でも、映画のタイトルは、わからない。気になる女優であったが、比較的最近まで、名前も知らなかった。市川雷蔵の主演映画であることをたよりに、後になって、その色香ただよう女優が嵯峨三智子であることを知ったというわけである。
それで、今、ウィキペディアを見たら、驚いたことに山田五十鈴の実の娘であるという。
そして、ナント!!
たった今、「嵯峨三智子 巴投げ」でグーグル検索したら、ヒットした。
http://d.hatena.ne.jp/maricozy/20071221/p1
影を斬る
1963 スコープサイズ カット版
KBS京都録画
脚本■小国英雄
撮影■武田千吉郎 照明■加藤博也
美術■西岡善信 音楽■斎藤一郎
監督■池広一夫
と紹介されてある。
”アマゾン”で、さらに検索するとDVDになっていることもわかった。
教訓:子どもだからといって、子どもと侮ってはいけない。
テロ?「7歳ぐらいの」女の子が「爆発物巻き付け」自爆
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-02-23
こちらは、嵯峨の実の母親:山田五十鈴主演の映画
嵯峨三智子などと言っても、よっぽど年配の人でもないとわからないだろう。ウィキペディアによると1935年生まれとなっている。
当方からは、ほぼ親の世代にあたる。そんな人物をどうして知っているか。
答えはカンタン。彼女の映画をむかし見たからだ。
小学生のころ、嵯峨三智子が市川雷蔵と共演した時代劇作品が、テレビで繰り返し放映されていた。若いサムライの妻となるのだが、たいへん気の強い役を演じていた。時代劇とはいっても、軽いタッチの喜劇映画で、はじめて床を共にする夫を投げ飛ばすシーンもあった。
印象に残っているのは、嵯峨の色っぽさが抜群であったということだ。なんで年齢ヒトケタの子どもが色っぽさを理解できるのかと問われてもコマル。実際、そのように感じたのだからしかたない。
今でも、映画のタイトルは、わからない。気になる女優であったが、比較的最近まで、名前も知らなかった。市川雷蔵の主演映画であることをたよりに、後になって、その色香ただよう女優が嵯峨三智子であることを知ったというわけである。
それで、今、ウィキペディアを見たら、驚いたことに山田五十鈴の実の娘であるという。
そして、ナント!!
たった今、「嵯峨三智子 巴投げ」でグーグル検索したら、ヒットした。
http://d.hatena.ne.jp/maricozy/20071221/p1
影を斬る
1963 スコープサイズ カット版
KBS京都録画
脚本■小国英雄
撮影■武田千吉郎 照明■加藤博也
美術■西岡善信 音楽■斎藤一郎
監督■池広一夫
と紹介されてある。
”アマゾン”で、さらに検索するとDVDになっていることもわかった。
教訓:子どもだからといって、子どもと侮ってはいけない。
テロ?「7歳ぐらいの」女の子が「爆発物巻き付け」自爆
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2015-02-23
こちらは、嵯峨の実の母親:山田五十鈴主演の映画
オプティミズムの音楽(バーンスタインのオペレッタ「カンディード」) [アート・美術関連]
ここのところ暗いニュースばかり更新してきた。
当該ブログは「楽天気楽」を表題としている。ほかの言葉で表現するなら「天真爛漫」というところ。
だから、表題どおり、本来、明るく、無邪気で、天真爛漫をめざさなければならないのだが、なにせ現実がクライのだからしようがない。それでも、見ようによっては、暗いもののなかにも明るいものはあるものである。
バーンスタインのオペレッタに「カンディード」がある。フランスの啓蒙思想家ヴォルテールによるピカレスク小説を天才バーンスタインが音楽に仕立てた。
ちなみに、主人公「カンディード」の名前の意味は「天真爛漫」だそうな・・・
全曲中とくに、さいごの
“Make Our Garden Grow”は、感動的
以下、YOUTUBEから、
バーンスタイン指揮ロンドン響「カンディード」
Candide Make Our Garden Grow: Bernstein Hadley Anderson
https://www.youtube.com/watch?v=tgXMxhMhYm4
バーンスタイン指揮ロンドン響「カンディード」全曲
Leonard Bernstein "Candide" (English subtitles)
https://www.youtube.com/watch?v=cMIzHnyuiNY&spfreload=1
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3-1918-90_000000000034572/item_%E3%80%8E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%80%8F%E5%85%A8%E6%9B%B2%E3%80%80%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%EF%BC%86%EF%BC%AC%EF%BC%B3%EF%BC%AF%E3%80%81%E4%BB%96_1275974#userreview
「カンディード(或は楽天主義説)」
(ウィキペディアから)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89
当該ブログは「楽天気楽」を表題としている。ほかの言葉で表現するなら「天真爛漫」というところ。
だから、表題どおり、本来、明るく、無邪気で、天真爛漫をめざさなければならないのだが、なにせ現実がクライのだからしようがない。それでも、見ようによっては、暗いもののなかにも明るいものはあるものである。
バーンスタインのオペレッタに「カンディード」がある。フランスの啓蒙思想家ヴォルテールによるピカレスク小説を天才バーンスタインが音楽に仕立てた。
ちなみに、主人公「カンディード」の名前の意味は「天真爛漫」だそうな・・・
全曲中とくに、さいごの
“Make Our Garden Grow”は、感動的
以下、YOUTUBEから、
バーンスタイン指揮ロンドン響「カンディード」
Candide Make Our Garden Grow: Bernstein Hadley Anderson
https://www.youtube.com/watch?v=tgXMxhMhYm4
バーンスタイン指揮ロンドン響「カンディード」全曲
Leonard Bernstein "Candide" (English subtitles)
https://www.youtube.com/watch?v=cMIzHnyuiNY&spfreload=1
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3-1918-90_000000000034572/item_%E3%80%8E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%80%8F%E5%85%A8%E6%9B%B2%E3%80%80%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3%EF%BC%86%EF%BC%AC%EF%BC%B3%EF%BC%AF%E3%80%81%E4%BB%96_1275974#userreview
「カンディード(或は楽天主義説)」
(ウィキペディアから)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%89
風刺漫画の父:近藤日出造 [アート・美術関連]
ここのところ「風刺」と水木漫画をネタにしてブログを更新してきた。「それでは次は・・」と思案して、ふと思いついたのは、近藤日出造のことだ。
なんでも、生誕100年を記念する2008年開催の展覧会のテーマは〈風刺漫画の父「近藤日出造の世界展」〉であったということだ。近藤日出造が、「風刺」をもって、自他ともに認知されている漫画家、芸術家であったことが、開催テーマに示されている。
近藤が、新聞等に漫画を発表している頃を当方は知らない。それでも、強烈な印象を残す作品をひとつ目にしたことがある。ジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」のなかで紹介されていた漫画だ。
(もっとも、こうして記しておいて、ソレが、近藤の作品でなかったなら、たいへん恥ずかしいことなのだが、原本がいま手元にナイので確かめようがない。それでも、十中八九まちがいなく、近藤のモノだと思う)
その作品とは、敗戦後すぐの頃、アメリカ進駐軍が日本を占領していた頃のモノだと思う。どのような内容のモノかというと、皇室に関するモノで、暮れの大掃除の様子が描かれている。家族一同(つまり、天皇、皇后、皇太子ら)ほうきやらはたきやらを手にし、昭和天皇も手ぬぐいを姉さんかぶりして、掃除に励んでいる様子が描かれていた。
ソレを、見たとき、なんと大らかな時代だったことか・・とつくづく漫画に見入ってしまった。今では、もうデキナイ相談なのではないだろうか。大正天皇が、詔勅を丸めて議員席を見渡した「遠眼鏡事件」と比べてイイかどうかわからないが、サザンの桑田が、褒賞を軽く扱って顰蹙をかい、謝罪する昨今である。グーグルの画像検索をしても、その「天皇ご一家大掃除風景」を見つけることはできなかった。
ジョン・ダワーの敗北を抱きしめてには、さらにアメリカ進駐軍占領下時代の、印象に残る(いわゆる「落首」に相当するものなのだろうが)言葉も紹介されていた。ソレも天皇にまつわるもので、次のようなモノだ。
連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーと天皇との関係を表現したモノで(知っている人は知っていると思うので、そのままずばり記すが)
「マッカーサーは日本の臍(へそ)だ。なぜなら、朕(ちん)の上にある」
この言葉が、実際いつ頃、人口に膾炙したのか知らないが、深沢七郎が、「天皇の首がスッテンコロコロ・・」と雑誌に書いたために、それを弁護した三島由紀夫とともに右翼に追い回され、それを出版した会社社長宅では殺人事件が起きたことなど考えると、その天衣無縫というべき、大らかさは、戦後のほんの間もない時期だけの、小春びよりのような日々だったのかもしれない。
************
風刺漫画家が語る『風刺』とは一体何なのか!?
テレビ朝日系(ANN) 1月18日(日)0時20分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20150118-00000000-ann-soci
1月17日放送の「ポータル ANNニュース&スポーツ」特集のディレクターズカット版です。フランスのテロ事件をきっかけに注目を浴びている「風刺画」。そもそも『風刺』とはなんなのか…どこまでが『風刺』でどこからが『中傷』なのかなど、中国に帰国できなくなってしまった風刺漫画家の方などに話を聞きました。
*************
マス・メディアが〈大事件になる前に調査報道をしない〉理由
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-04-18
殺人事件を引き起した小説
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-04-03
風流夢譚
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E6%B5%81%E5%A4%A2%E8%AD%9A
なんでも、生誕100年を記念する2008年開催の展覧会のテーマは〈風刺漫画の父「近藤日出造の世界展」〉であったということだ。近藤日出造が、「風刺」をもって、自他ともに認知されている漫画家、芸術家であったことが、開催テーマに示されている。
近藤が、新聞等に漫画を発表している頃を当方は知らない。それでも、強烈な印象を残す作品をひとつ目にしたことがある。ジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」のなかで紹介されていた漫画だ。
(もっとも、こうして記しておいて、ソレが、近藤の作品でなかったなら、たいへん恥ずかしいことなのだが、原本がいま手元にナイので確かめようがない。それでも、十中八九まちがいなく、近藤のモノだと思う)
その作品とは、敗戦後すぐの頃、アメリカ進駐軍が日本を占領していた頃のモノだと思う。どのような内容のモノかというと、皇室に関するモノで、暮れの大掃除の様子が描かれている。家族一同(つまり、天皇、皇后、皇太子ら)ほうきやらはたきやらを手にし、昭和天皇も手ぬぐいを姉さんかぶりして、掃除に励んでいる様子が描かれていた。
ソレを、見たとき、なんと大らかな時代だったことか・・とつくづく漫画に見入ってしまった。今では、もうデキナイ相談なのではないだろうか。大正天皇が、詔勅を丸めて議員席を見渡した「遠眼鏡事件」と比べてイイかどうかわからないが、サザンの桑田が、褒賞を軽く扱って顰蹙をかい、謝罪する昨今である。グーグルの画像検索をしても、その「天皇ご一家大掃除風景」を見つけることはできなかった。
ジョン・ダワーの敗北を抱きしめてには、さらにアメリカ進駐軍占領下時代の、印象に残る(いわゆる「落首」に相当するものなのだろうが)言葉も紹介されていた。ソレも天皇にまつわるもので、次のようなモノだ。
連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーと天皇との関係を表現したモノで(知っている人は知っていると思うので、そのままずばり記すが)
「マッカーサーは日本の臍(へそ)だ。なぜなら、朕(ちん)の上にある」
この言葉が、実際いつ頃、人口に膾炙したのか知らないが、深沢七郎が、「天皇の首がスッテンコロコロ・・」と雑誌に書いたために、それを弁護した三島由紀夫とともに右翼に追い回され、それを出版した会社社長宅では殺人事件が起きたことなど考えると、その天衣無縫というべき、大らかさは、戦後のほんの間もない時期だけの、小春びよりのような日々だったのかもしれない。
************
風刺漫画家が語る『風刺』とは一体何なのか!?
テレビ朝日系(ANN) 1月18日(日)0時20分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20150118-00000000-ann-soci
1月17日放送の「ポータル ANNニュース&スポーツ」特集のディレクターズカット版です。フランスのテロ事件をきっかけに注目を浴びている「風刺画」。そもそも『風刺』とはなんなのか…どこまでが『風刺』でどこからが『中傷』なのかなど、中国に帰国できなくなってしまった風刺漫画家の方などに話を聞きました。
*************
マス・メディアが〈大事件になる前に調査報道をしない〉理由
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2012-04-18
殺人事件を引き起した小説
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-04-03
風流夢譚
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E6%B5%81%E5%A4%A2%E8%AD%9A
諷刺画で読む十八世紀イギリス ホガースとその時代 (朝日選書)
- 作者: 小林章夫
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2011/12/09
- メディア: 単行本
声を取り戻す闘い・・・「トークバック 沈黙を破る女たち」 [アート・美術関連]
アべ首相と上野千鶴子のトークイベント・・・
ホントかね・・?と、思い、見てみたら・・・
アベはアベでも、ちがうアベ・・・
でも、オモシロかった。
ドキュメンタリー映画「トークバック 沈黙を破る女たち」のトークイベント
http://www.nicovideo.jp/watch/1396658331
「トークバック」公式サイト
http://www.talkbackoutloud.com/
映画のタイトルや内容の概略を見つつ・・・
竹内 敏晴の著書『ことばが劈(ひら)かれるとき 』を思い出した。
竹内自身、言葉を失い、言葉を再び獲得するための闘いをし、それゆえに、言葉を取り戻すための闘いをする人々の助けとなる演劇指導・ワークショップをはじめた・・・
トークを聞きながら、ステージの力、ステージが個人に与えるモノに興味を覚えた。
ホントかね・・?と、思い、見てみたら・・・
アベはアベでも、ちがうアベ・・・
でも、オモシロかった。
ドキュメンタリー映画「トークバック 沈黙を破る女たち」のトークイベント
http://www.nicovideo.jp/watch/1396658331
「トークバック」公式サイト
http://www.talkbackoutloud.com/
映画のタイトルや内容の概略を見つつ・・・
竹内 敏晴の著書『ことばが劈(ひら)かれるとき 』を思い出した。
竹内自身、言葉を失い、言葉を再び獲得するための闘いをし、それゆえに、言葉を取り戻すための闘いをする人々の助けとなる演劇指導・ワークショップをはじめた・・・
トークを聞きながら、ステージの力、ステージが個人に与えるモノに興味を覚えた。
日本語の歌曲の醍醐味(柳兼子のドキュメンタリー映画) [アート・美術関連]
一昨日の更新時・・・、
浪曲の国本武春から話が飛んで、「この道」のハナシになり、
「この道」は、どのみち「いつか来た道」にもどる危険大であるから、
いくら首相がくりかえし歌うとしても「この道」には、行かない方がイイよ・・という話になった。
それで、北原白秋の歌曲「この道」を歌う、ユーチューブ動画をさがして、アルトの小川明子のもの、ソプラノの栗本尊子( 奇蹟の歌声 93歳現役歌手)のものを見つけてご紹介した。
そうこうしていたら、なんと、柳兼子のドキュメンタリー映画のあることを知ることとなった。
宇野功芳が、柳兼子をたいへん褒めているのを知って、以前から聴いてみたく思っていたのである。
昨日、ひととおり「兼子」(監督 渋谷昶子)を見た。幼少のころ受けた長唄の訓練が、のちのち生きている様子を知ることができた。日本語の歌を、はっきりと聞かせるためには、子音を立てる必要のあることなど学ぶことも多かった。
宇野功芳をはじめ、鶴見俊輔、小林道夫、菅野沖彦、栗本尊子といった人々がインタビューに応じて「兼子」について語っている。敬愛の念がたいへん伝わってくる。
特に、紹介されている歌曲で、「鴉」(からす)。ほんとに、これは凄い、
紹介している方(菅野沖彦)も、スタジオ録音の際に、鳥肌立ったと言っているが、なるほどと思う。
兼子83歳のときの歌 「鴉」(からす)
作詞 清水重道 作曲 信時潔
56分23秒~58分50
「兼子」
https://www.youtube.com/watch?v=bfbbpbkJs_I
浪曲の国本武春から話が飛んで、「この道」のハナシになり、
「この道」は、どのみち「いつか来た道」にもどる危険大であるから、
いくら首相がくりかえし歌うとしても「この道」には、行かない方がイイよ・・という話になった。
それで、北原白秋の歌曲「この道」を歌う、ユーチューブ動画をさがして、アルトの小川明子のもの、ソプラノの栗本尊子( 奇蹟の歌声 93歳現役歌手)のものを見つけてご紹介した。
そうこうしていたら、なんと、柳兼子のドキュメンタリー映画のあることを知ることとなった。
宇野功芳が、柳兼子をたいへん褒めているのを知って、以前から聴いてみたく思っていたのである。
昨日、ひととおり「兼子」(監督 渋谷昶子)を見た。幼少のころ受けた長唄の訓練が、のちのち生きている様子を知ることができた。日本語の歌を、はっきりと聞かせるためには、子音を立てる必要のあることなど学ぶことも多かった。
宇野功芳をはじめ、鶴見俊輔、小林道夫、菅野沖彦、栗本尊子といった人々がインタビューに応じて「兼子」について語っている。敬愛の念がたいへん伝わってくる。
特に、紹介されている歌曲で、「鴉」(からす)。ほんとに、これは凄い、
紹介している方(菅野沖彦)も、スタジオ録音の際に、鳥肌立ったと言っているが、なるほどと思う。
兼子83歳のときの歌 「鴉」(からす)
作詞 清水重道 作曲 信時潔
56分23秒~58分50
「兼子」
https://www.youtube.com/watch?v=bfbbpbkJs_I
田中好子主演「黒い雨」Kuroi Ame (1989) を見る [アート・美術関連]
ここふつかばかり「黒い雨」を見ている。
「黒い雨」というより、主演の田中好子を見ている。
とくに、ラストの場面、池にはねる鯉の幻想を追うあたりからトラックで病院に運ばれていくところをくりかえし見ている。
だいぶ病気やつれして、いのちも危ぶまれるところを好演している。それを見て「ああ、キレイな人だったんだなあ・・」とあらためて思ったりしている。
田中好子が、「ふつうの女の子に・・」の名文句で解散したキャンディーズのメンバーであったことや、歌のメロディーを断片的に覚えてはいるが、当時ほとんど関心がなかったし、その後の俳優としての活動もまったくといって知らない。
だから、女優としての田中好子を、当方は、「黒い雨」ではじめて知ったといっていい。しかも、ごくごく最近である。
それにしても、「黒い雨」のキャストはタイヘンなメンバーである。脇をかためるのも、北村和夫、市原悦子をはじめとして錚々たる顔ぶれだ。そのなかで、田中は、きちんと演じきっているではないか。
役者は、こうした映画を1本残せば、もうそれでイイのかもしれない。
『黒い雨』 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=MTaSHakSzyQ
Kuroi Ame (1989) - Full (English Subtitles)英語字幕版
https://www.youtube.com/watch?v=0WIk8lx1bBs
2012.8.6 NHKスペシャル「黒い雨」完全版
http://www.dailymotion.com/video/xtj6bt_2012-8-6nhk%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB-%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9B%A8-%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88_news
「黒い雨」というより、主演の田中好子を見ている。
とくに、ラストの場面、池にはねる鯉の幻想を追うあたりからトラックで病院に運ばれていくところをくりかえし見ている。
だいぶ病気やつれして、いのちも危ぶまれるところを好演している。それを見て「ああ、キレイな人だったんだなあ・・」とあらためて思ったりしている。
田中好子が、「ふつうの女の子に・・」の名文句で解散したキャンディーズのメンバーであったことや、歌のメロディーを断片的に覚えてはいるが、当時ほとんど関心がなかったし、その後の俳優としての活動もまったくといって知らない。
だから、女優としての田中好子を、当方は、「黒い雨」ではじめて知ったといっていい。しかも、ごくごく最近である。
それにしても、「黒い雨」のキャストはタイヘンなメンバーである。脇をかためるのも、北村和夫、市原悦子をはじめとして錚々たる顔ぶれだ。そのなかで、田中は、きちんと演じきっているではないか。
役者は、こうした映画を1本残せば、もうそれでイイのかもしれない。
『黒い雨』 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=MTaSHakSzyQ
Kuroi Ame (1989) - Full (English Subtitles)英語字幕版
https://www.youtube.com/watch?v=0WIk8lx1bBs
2012.8.6 NHKスペシャル「黒い雨」完全版
http://www.dailymotion.com/video/xtj6bt_2012-8-6nhk%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB-%E9%BB%92%E3%81%84%E9%9B%A8-%E5%AE%8C%E5%85%A8%E7%89%88_news
クレンペラー、ケンペの全集BOX届く(Beethoven & Brahms: Complete Symphonies) [アート・美術関連]
本日、予約してあったCDが、Amazonから届いた。
オットー・クレンペラー×フィルハーモニアによるベートーヴェン交響曲全集
と
ルドルフ・ケンペ×ミュンヘンによるブラームス交響曲全集
の10CDが、1BOXになったモノだ。
さっそく、聴いてみた・・・
ケンペのブラームス全集は、予想以上、特に2番がイイ。期待もなにも、ケンペについては未知であったので、ただただ得した気分。
クレンペラーは、イマイチ。すでにEMIのステレオ録音の1、3、7番と、廉価で入手した5番とを所持しているが、ソチラの方がイイ。
当該全集は、1960年、ウィーンでのベートーベン・チクルスのライブ録音(モノラル)だが、クレンペラーは、手兵のフィルハーモニアを率いてウィーンに乗り込み、「音楽の都」の耳の肥えた人々に、「どうダア!」と見せつけようと、勢いのあまりに、クレンペラー本来の味わいを失してしまったのではないか・・と、感じられる。
たしかに勢いはあるのだが、クレンペラーのとてつもなく重量感のある、音符のひとつひとつが、パートごとに見えてくるような演奏ではない。モノラルのせいもあるかもしれないが、音響そのものにキンキンした感もあり、クレンペラーの象のような演奏がスキだという方にはイマイチに感じられるのではないかと思う。
逆にいうと、クレンペラーは、“鈍くさい”“イナカっぽい”と思っている人には、「おお、クレンペラーもこういう都会的でシャープな演奏ができるんだ」と感心できる全集といえそうだ・・・。
いずれにしろ“イナカ”派でも、“都会”派でも、クレンペラー・ファンは持っていて「損のナイ」全集と思う。
(純・イナカ者の感想でございました。)
***********
朝比奈隆のブルックナー
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-02-20
オットー・クレンペラー×フィルハーモニアによるベートーヴェン交響曲全集
と
ルドルフ・ケンペ×ミュンヘンによるブラームス交響曲全集
の10CDが、1BOXになったモノだ。
さっそく、聴いてみた・・・
Beethoven & Brahms: Complete Symphonies
- アーティスト: Ludwig Van Beethoven,Johannes Brahms,Otto Klemperer,Rudolf Kempe,Münchner Philharmoniker,Philharmonia Orchestra,Fritz Wunderlich,Wilma Lipp,Franz Crass,Ursula Boese
- 出版社/メーカー: Imports
- 発売日: 2014/10/14
- メディア: CD
ケンペのブラームス全集は、予想以上、特に2番がイイ。期待もなにも、ケンペについては未知であったので、ただただ得した気分。
クレンペラーは、イマイチ。すでにEMIのステレオ録音の1、3、7番と、廉価で入手した5番とを所持しているが、ソチラの方がイイ。
当該全集は、1960年、ウィーンでのベートーベン・チクルスのライブ録音(モノラル)だが、クレンペラーは、手兵のフィルハーモニアを率いてウィーンに乗り込み、「音楽の都」の耳の肥えた人々に、「どうダア!」と見せつけようと、勢いのあまりに、クレンペラー本来の味わいを失してしまったのではないか・・と、感じられる。
たしかに勢いはあるのだが、クレンペラーのとてつもなく重量感のある、音符のひとつひとつが、パートごとに見えてくるような演奏ではない。モノラルのせいもあるかもしれないが、音響そのものにキンキンした感もあり、クレンペラーの象のような演奏がスキだという方にはイマイチに感じられるのではないかと思う。
逆にいうと、クレンペラーは、“鈍くさい”“イナカっぽい”と思っている人には、「おお、クレンペラーもこういう都会的でシャープな演奏ができるんだ」と感心できる全集といえそうだ・・・。
いずれにしろ“イナカ”派でも、“都会”派でも、クレンペラー・ファンは持っていて「損のナイ」全集と思う。
(純・イナカ者の感想でございました。)
***********
朝比奈隆のブルックナー
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2007-02-20
桂小金治の思い出 [アート・美術関連]
個人的に親しくさせてもらったという話ではない。
40年以上も前、当方の住んでいたいなか町で、ある人物の銅像が完成した。
あとから知ったことだが、その除幕式に招待されたのが、桂小金治と田村魚菜であったというわけだ。
小金治は、当時、ひるどきのお茶の間によく顔をだしていた。昨今でいうなら“みのもんたのようなもん”とたとえられるかもしれない。つまり、司会をつとめていたから、ゲストというよりも式の進行を依頼されていたのかもしれない。
当方は、お二方の宿泊していたホテルに毎朝、自転車である商品を届けていた。夜はあけていたが、まだ薄暗いような時間帯で、海の香をふくんだ空気に身をさらそうとお二方は出てきたようであった。
配達は、ホテルの厨房に届けて、すぐ次の家に向かう。ホテルの中庭をぬけて、エントランスから曲がりくだる道筋に入っていったとき、小金治に呼びとめられたのである。
地元の少年と話をしてみたいと思ったのだろうか・・・
距離はあったが、二方が誰かは認めることができた。しかし、そのまま、走り去った。
自転車の背中に、テレビでよく耳にする声が「おおい」と、迫る。けっこう大きな声で、走りながら呼びとめようとする。2度、3度と声をかけられたが、そのまま走り去った。
「いなかの子どもはショウガねぇゃ・・」
と、思ったにちがいない。
40年以上も前、当方の住んでいたいなか町で、ある人物の銅像が完成した。
あとから知ったことだが、その除幕式に招待されたのが、桂小金治と田村魚菜であったというわけだ。
小金治は、当時、ひるどきのお茶の間によく顔をだしていた。昨今でいうなら“みのもんたのようなもん”とたとえられるかもしれない。つまり、司会をつとめていたから、ゲストというよりも式の進行を依頼されていたのかもしれない。
当方は、お二方の宿泊していたホテルに毎朝、自転車である商品を届けていた。夜はあけていたが、まだ薄暗いような時間帯で、海の香をふくんだ空気に身をさらそうとお二方は出てきたようであった。
配達は、ホテルの厨房に届けて、すぐ次の家に向かう。ホテルの中庭をぬけて、エントランスから曲がりくだる道筋に入っていったとき、小金治に呼びとめられたのである。
地元の少年と話をしてみたいと思ったのだろうか・・・
距離はあったが、二方が誰かは認めることができた。しかし、そのまま、走り去った。
自転車の背中に、テレビでよく耳にする声が「おおい」と、迫る。けっこう大きな声で、走りながら呼びとめようとする。2度、3度と声をかけられたが、そのまま走り去った。
「いなかの子どもはショウガねぇゃ・・」
と、思ったにちがいない。