古代史 令和の定説はコレだ!(「歴史人」10月号) [歴史雑感なぞ]
「定説」がころころ変わっては困るのだが、新事実が発見されればそういうこともあるだろう。なにしろ相手は古代である。誰も見ていない。状況証拠から犯人を特定するようなものである。進化論がどこまでも「論」であるのと同じく、歴史(特に古代)の諸々の「説」も状況証拠の積み重ねによる一判断でしかないといった程度に見ていくしかないように思う。それにも関わらず学校では歴史の授業があり教科書に沿って教えられる。ころころ変わる可能性のあるモノを教えていいものなのだろうかと思ってしまう。教えるときには、「あくまでも、コレは〈現在の「定説」〉に過ぎない!」と強調すべきであるように思う。知の世界は常に動いてる。物理学の世界もその最前線を覗くならオカルトまがいである。
目次を以下に示す。「古代史の中でもっとも悪役にされた蘇我一族の真実とは?蘇我氏と乙巳の変」など面白そうである。
以下目次から
変わる古代史「蛇行剣と鼉龍文盾形銅鏡の謎」国宝級の発見に日本が沸いた!
今さら聞けない「邪馬台国論争の現在地」
今さら聞けない「卑弥呼の真説」
今さら聞けない「大和王権」
今さら聞けない「古墳と天皇陵」
今さら聞けない「「聖徳太子と大化の改新」最新の定説とは?
蘇我氏と乙巳の変
壬申の乱
『古事記』と『日本書紀』