SSブログ

大虐殺:『写真記録 ベトナム戦争』解説10 [写真記録ベトナム戦争]

石川文洋氏の『写真記録 ベトナム戦争』中の、
丸山静雄氏による解説を先回にひきつづき引用する。

標題は《10.カンボジア・中越紛争:大虐殺》

*****************

全土を解放したあと、ベトナムは戦後復興、南の社会主義化、南北を通しての社会主義経済の建設にとりかかった。いよいよ社会主義革命の完成を目ざしてのスタートである。

ところが旱魃と洪水がくり返し、自然災害は、これでもか、これでもかといったようにベトナムに襲いかかった。長期的、大規模な建設プロジェクトに必要とされた外国援助は期待通りに入ってこなかった。ベトナム和平協定の第21条はアメリカがベトナムとインドシナ全域の戦後再建に寄与することを定めたが、この責務をアメリカは果たそうとしなかった。援助の約束をしながら、言を左右にして約束を履行しようとしない国もあった。そこに追い討ちをかけるようにカンボジア、中国との紛争がおこり、少なからざるものが「難民」となって国外に脱出した。ベトナムにとって容易ならざる「国難」である。

「国難」とは、ベトナムの祖先たちが遠い昔、一致団結して戦った「北の大きな力」と再び対決しなければならなくなったことをいう。「北の大きな力」とは中国をさす。ベトナムは中国の漢字文化を受容することによって自らの文化を高めることができた。しかし中国文化は兵士と官人(役人)とともにやってくる。将軍と高級官僚は土着の社会秩序や伝統的な価値観を排除して、中国自身の制度や価値観を強制する。ベトナムの祖先たちは苦悩し、そうした苦悩の中から民族抵抗の精神を育くみ、それに拠って外国の侵略と干渉をはねのけて独立を守ってきた。ところが、その中国がまたもやベトナムの前に立ちはだかっている。

昔の中国は今の中国ではなく、今の中国は再生した革命中国である。その中国がカンボジアを支援して、ベトナムに噛みつかせようとしている。ベトナムにとってカンボジア問題とは中国問題にほかならない。中国の軍事的、経済的援助によってカンボジアは抵抗力を身につけ、主として、それによってベトナムに挑戦してきているからである。カンボジアで反ベトナム運動を展開しているのはポル・ポト勢力である。この勢力は住民に強制移動、強制労働、強制収容所生活を強い、その間、はかり知れないほどの人々を殺害した。ジェノサイドといわれるものである。そのポル・ポト派を革命中国が支援する。中越国境からする中国軍の侵攻と、カンボジアからするポル・ポト派の反ベトナム闘争とはベトナムにとって一つであった。それだけに「国難」は重大なのである。

ところが、こうしたベトナムの「国難」は意外にも外の世界で十分に理解されていない。理解してもらうには、どうしたらよいか。そこに問題の新たなむずかしさがある。国際化され、相互依存の進む現代の世界にあっては個人であろうと、国家であろうと、孤立しては存在しえない。思想と体制が同じであろうと、違う場合であろうと、その点は変りない。評価の歪みを改め、正しいベトナム像をいかにして形づくるかーそれはベトナムにとっての新しい課題であろうが、同時にわたしども自身の課題だとも思う。

写真記録ベトナム戦争 (1980年)

写真記録ベトナム戦争 (1980年)

  • 作者: 石川 文洋
  • 出版社/メーカー: すずさわ書店
  • 発売日: 1980/05
  • メディア: -



トラックバック(0) 
共通テーマ:

トラックバック 0