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虚構の権力構造:『写真記録ベトナム戦争』解説3 [写真記録ベトナム戦争]

先回につづいて・・・
石川文洋氏の『写真記録 ベトナム戦争』中の、
丸山静雄氏による解説を引用する。

《3.サイゴン政府軍:虚構の権力構造》という標題がついている。

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一般にサイゴン政権という場合には三つの意味がこめられていた。一つはフランス、アメリカなどの外国勢力によってつくられ、助けられて育った政権であったこと、もう一つはベトナム民族の悲願である民族統一の課題を否定し、ベトナムの分断を固定化することを目的とした政権であったこと、第三は、以上の二条件の必然的な結果として警察政治によって維持される政権であったことである。

警察政治とは膨大な軍事力と強力な警察力を背景にしておこなわれる強権政治を意味する。行政権というものは国民の生活を擁護し、国民に奉仕する側面と、国民の生活、行動に強制力を及ぼし、それをコントロールする側面との二つの権能を持っていたが、後者のために使われる強制力が軍事力と警察力であり、それによって推進されるのが警察政治である。歴代サイゴン政権の施策を見ると、前者の国民生活を守ろうとする機能はあまり発揮されないで、後者の国民をコントロールする機能だけが遺憾なく発揮されていた。

それは行政権が国民と国土の中に由来しないで、外国勢力によって上から与えられたものだからであろう。いきおい国民の利益よりも外国勢力の利益が優先する。他者を信用することができないので、閥族をもって政権を固める。権力の寡占体制で、それが長期化するに及んで権力と富をめぐって汚職がひろがり、内部抗争がくり返される。閥族は政治に介入するだけでなく、各種の事業にも手を出し、木炭、タイヤを買いしめ、不当に値段をつり上げておいて売りに出し、旅券の発給、滞在期間の延長、輸出入ライセンスの発給にも賄賂をとり、かくて得た巨利を、フランス、ブラジルに送って預金していたという。

かつてバーナード・フォール(アメリカのハーバード大学の元教授)は、「アメリカの援助が停止されたならば、サイゴン政権は、ものの10分と生きていられないだろう」といったことがあるが、この政権ほどアメリカ援助に依存した政権もないだろう。しかしアメリカ援助は援助を受ける国の自助自立を助けるのではなく、むしろ、ますますアメリカへの依存度を強めていた。コメの輸出国であった南ベトナムはアメリカ援助を受けるようになってから年間100万トンの食糧をアメリカの余剰農産物援助の中から供給されて台所を賄っていた。

警察政治にとって最大の脅威は言論の自由と民主主義の強化であろう。そこで言論抑圧が強行され、サイゴン政権の下では「政治犯」なるものが監獄に満ちあふれていた。「政治犯」といっても政府に批判的な考えを持つものまで含まれていた。グエン・バン・チュー政権時代には、少なく見積もって20万、30万のこうした「政治犯」が牢獄につながれ、拷問にかけられていた。

サイゴン政権の軍隊と警察は解放勢力を相手にして戦うためのものであったが、もう一つ、反政府運動や政府に批判的な分子を取り締り、監視する役割を持っていた。そのことによって独裁政権の温存をはかるという使命を与えられていた。それとともに実は軍隊、警察は若者にとっての唯一の就職の場でもあった。民衆を信用できないので政府は軍隊、警察力をふやす。徴募されるのは若者である。若者は貴重な労働源で、軍隊、警察力の拡大に反比例して労働力は減少、生産は低下し、工場は閉鎖される。新しい工場も建てられない。若者の働き場はなくなり、軍隊、警察におもむく。サイゴン政府軍の基地に行くと、家族が基地周辺で一緒に生活しているのが見える。警察政治が引きおこす悪循環である。

1946年6月1日、フランスによってサイゴンに樹立されたグエン・バン・チン政権から1975年4月30日、消滅したグエン・バン・チュー政権まで、29年にわたるサイゴン政権の系譜は独裁政権、従属政権、傀儡政権でつづられ、虚構の政権の持つ実体をあますところなく示していた。

写真記録ベトナム戦争

写真記録ベトナム戦争

  • 作者: 石川 文洋
  • 出版社/メーカー: 金曜日
  • 発売日: 2000
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