SSブログ

7:「情を通じ」の起訴状(「沖縄密約」事件の顛末:毎日新聞社史から) [沖縄密約漏えい(西山)事件]

「情を通じ」の起訴状

4月15日、東京地検は2人を国家公務員法違反で起訴した。元事務官に同100条(秘密を漏らした罪)、西山記者に同101条(秘密を漏らすようそそのかした罪)を適用した。短い起訴状は知る権利、報道の自由については触れず、西山記者が元事務官と「ひそかに情を通じ、これを利用して3通の電信文の漏えいをそそのかした」と強調、モラルの点からも正当な取材活動ではないことを印象づける内容だった。

弁護団はただちに「法とモラルを混同している。政府には国民にウソを言う自由があり、ウソを隠す根拠があるのか、しかも国民に真実が伝わることを刑罰で禁止することができるのか。民主主義は国民の知る権利の最大限の保障の下においてこそ初めて適正に運用される」と反論し、事件の本質があくまで“知る権利”の問題にあることを主張した。

16日朝刊では社説が同じ趣旨の論陣を張り、「われわれは、国民の知る権利に基づく言論、報道の自由の闘いにおいて、政府の真実をかくそうとする一連の行為が、もっとも責められるべきであることを、はっきりと指摘し、今後真実の報道と公正な主張にまい進する」と主張した。

同じ朝刊には作家・司馬遼太郎氏が「知る権利 起訴状を読んで 恐るべき低次元 長期政権の腐熟」と言う見出しの文章を寄せた。元新聞記者らしい情理兼ね備えた痛烈な文章で、「いまの長期政権の末期的体質を露呈してかのようなこの起訴状を読み、われわれはこんな政府をもっていたのかと戦りつする思いがした。この起訴状をもってただちにわれわれが信頼する日本国の検察官の品性が下劣であるということにはならないであろう。おそらく時の政権の腐熟的状況がその背景になっているのであろう。(中略)われわれは実に恐るべき政府を持っている」と断じた。

しかし、本社の受けた打撃は大きかった。起訴状発表の15日夕刊1面には、あらまし次のような「本社見解とおわび」を載せた。

沖縄返還補償費に関する事実を国民にお知らせすることは、報道機関のやらねばならぬことでありました。したがってこの事実を明らかにしたからといって、その取材記者が罪に問われるとすれば、それは国民の知る権利に対する重大な侵害であります。ただしかし、このたびの本社西山記者の取材に当たっては、道義的に遺憾な点があったことは認めざるを得ません。西山記者と元事務官との個人的関係を捜査の段階ではじめて弁護人を通じて察知しましたが、取材源の秘匿は、取材先のみならず、取材方法についても守らねばならぬとの見地から、またこの事実が元事務官のプライバシーにかかわることを考慮して、その事実が、元事務官側あるいは捜査当局から公表されないかぎり、本社はこれを明らかにすべきでないとの態度をとってきました。・・・我々は西山記者の私行についておわびするとともに、同時に問題の本質を見失うことなく主張すべきは主張する態度にかわりのないことを重ねて申し述べます。

そして、第3者に原資料を提供したこと、結果として取材源を秘匿できなかったことで、多大の迷惑をかけた元事務官に深くおわびし、誠意をもって処する考えを明らかにするとともに、西山記者に休職、中谷編集局長の更迭(取締役のまま社長室担当、のちに社長室長)、斎藤編集主幹の東京本社編集局長事務取扱の人事を発表した。

山本光晴社長は15日午後、東京本社の各部デスク以上を招集し、本社見解の所信を表明。そのテープは大阪、西部など各本社、北海道発行所に渡された。その内容は①ニュースソースを秘匿しなければならないという新聞人の最高規範が守れなかったのはまことに遺憾であり、国民、読者の信頼にこたえることができなかった点は率直におわびしなければならない②しかし、“国民の知る権利”“報道の自由”を守るために、あらゆる取材源に接近していくという新聞本来の態度はいささかも変わるものではない③今後、世間の疑念に答えるために、全社員はこの間の事情を十分理解のうえ一致団結して苦難を切り開いていこうーというものであった。

そして起訴状のポイントとなった二人のプライバシーについては「会社の態度として誤りなく記憶していただきたいことは、プライバシーの問題について、私どもは全く知らなかったという点である。不明のそしりは免れぬかもしれないが、西山記者が逮捕されて、捜査当局からいろいろ取り調べられている状態のもとに、私どもは西山君のために直ちに弁護人等も用意し、弁護人を通じて許される限りの接触もしたわけだが、そういう捜査の段階で、この事実を知ってがく然とした次第である」と述べた。

毎日は西山記者逮捕後、紙面を通じて「報道の自由、知る権利に対する権力の挑戦」と大展開の報道を続けたが、それには二人のプライバシーについては何も知らずに出発したことで、もし知っていれば最初から対応は違っていたという意味が込められていた。

読者の反応は厳しかった。東京本社読者サービス室にある電話に寄せられた意見だけでも4日の逮捕当日から3日間で630件。激励が主で、担当者は深夜まで応答に忙殺されたが、6日ごろから、入手した公電コピーの取り扱いや、記者のモラルなどをめぐる批判、攻撃の声が多くなる。逮捕から2週間で全部で2000件にものぼった。起訴状が発表された15日には、5時間くらいの間に150件もの電話がかかり、感情をむき出しにした怒りの声が中心だった。

批判はモラルの問題に焦点をしぼった出版系週刊誌の執拗な記事で増幅される。真偽おりまぜた手記のたぐいも繰り返し出された。西山記者が終始沈黙を守ったのと対照的だったが、こういう状況は新聞販売面にも有形無形の影響を及ぼしていった。

*************
町村信孝「秘密保全」PT座長(日本記者クラブ会見)ビデオ
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-08-2

戦後日本の構造をこれほどよく示す話を聞いたことがない
(西山事件当事者談話)
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2014-10-09

videonewscom
http://www.youtube.com/watch?v=JqIUh9V7hA4
秘密保護法ができれば政府の違法行為を暴くことは不可能に
日米密約を暴いた西山太吉氏が法案を厳しく批判


「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

「毎日」の3世紀―新聞が見つめた激流130年

  • 作者: 毎日新聞社
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2002/02
  • メディア: 単行本



トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

トラックバック 0