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「就活」ならぬ「終活」(「直葬」首都圏で急増) [ニュース・世相]

「毎日新聞」にあたらしい連載が始まった。

「就活」ならぬ、「終活」が、そのテーマ。

記事のリード部には次のようにある。

人生の最終盤を、どう過ごせばいいのだろう。避けられない死という現実を前に、戸惑う私たち。肉親、伴侶、親しい人たちとの別れもある。100通りの生き方があるなら、100通りの身じまいの方法があっていい。いまの時代の死をめぐって、53歳の記者(滝野隆浩)がたずね歩いていく。最初は「直葬」について考えてみたい。

シリーズ最初のテーマは、「直葬」。

つまり、「なにもしない葬送」。

火葬にしたあと、一切の葬儀をせず、納骨して、おしまい・・というスタイル。


首都圏では、直葬が急増しているという。「東京23区だと、近所づきあいがまだ濃い下町地区を除けば、4~5割は直葬」という業者もいる。

また、ある業者は言う。それは「燎原の火のように広がっている」。


経済面で困っているわけではない人たちも葬儀に簡便さを求め、「高級車で火葬場に集まり、さっさと済ませて帰りたがっているかのような遺族もい」るという。

「問い合わせの内容は『いくらかかる』『もっと安くならない?』ばかりで情けなくなります」。

デフレの時代、地方のようなしがらみのない首都圏なら、当然のなりゆきかもしれない。


しかし、経費の安く上がる「直葬」ではあるが、「負担」となる場合もある、という。

「生前親交のあった人たちが亡くなったことを聞きつけ、位牌や仏壇のある家に『せめて線香だけでも』とさみだれ式にやってくる。そうやって振り回される時間的、精神的負担はかなりのもの」となる場合がある。

「直葬」で家族を送った後、他の方の葬儀に参加して、「あれで本当に良かったのか」と思い悩む方もいる。


無駄な出費はしたくないという気持ちはよく分かる。

事実、この国では価格根拠の曖昧な、華美なだけの葬儀も行われてきた。ただ葬儀は最後の別れの場でもある。


火葬の場に40年以上立ち会ってきたある方は、「人間、死んだ時が勝負」という実父の言葉をよく思い出す。

人生途中の成功や地位は意味がない。大事なのは、亡くなった時どのくらいの人が本気で悲しんでくれるかなのだ、と。

「亡くなったら周囲が悲しむ。集まって悲しみ合う。そのことがすっぽり抜け落ちたところで、葬儀が済まされようとしている気がします」

(以上、毎日新聞4/13・14より要約抜粋)


ちなみに、イギリスの葬送事情は以下URL

「葬式のあいだに消える棺おけ」

http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2009-07-22


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