SSブログ

石牟礼道子「苦海浄土」:水俣の海は福島につながる [ニュース・宗教]

石牟礼道子著「苦海浄土」は、河出書房新社『世界文学全集』(’07~’11)に唯一収められた日本文学作品であるという。日経新聞(3・24)文化面にそのことが小さく出ていた。

当方は、池沢夏樹が個人的に全集を編んでいたことは、知っていたし、ETVでそのことを話していたのを聞いてもいたが、「苦海浄土」を選び入れたことは知らずにいた。池沢によると「観察と、共感と、思索と、表現のすべてに秀でた、それ以上に想像と夢見る力に溢れた、一個の天才による傑作」なのだそうだ。

残念ながら、当方はまだ読んでいない。そのうちにと思いつつ今日に至った。


石牟礼は不思議な人だ。テレビになど出ているのを拝見した印象だが、どこか霊媒のようである。天地に通じる独自の回路を所持している雰囲気がある。あちらの世界とこちらの世界とを自由に行き来できるようなそんな感じがするのである。

同じ日経文化面に「人間の英知の回復をー石牟礼道子さんに聞く」〈心の叫び、水俣に福島に 無念の言葉残さねば〉と題する記事が出ている。それを読むと、当方の石牟礼評はまんざらハズレテいないことがわかる。

詩集「はにかみの国」のなかで石牟礼は公害以前の水俣を、こう記す。「人間と精霊が入り交じった土地柄でした。渚の生き物の息づかいが聞こえ、木に耳を当てると樹液の流れる音がして、これが川の源流なのだと知った。古老たちは『狐たちもガゴ(妖怪)たちもところ(土地)の言葉で鳴くとばい』と言いました。それを聞き、少女時代の私は自分も狐になりたいと思ったものです。/ でも地方にも開発の手が及び、気がつけばそこに棲んでいた精霊たちもコンクリートで生き埋めになってしまった。ガゴたちの気配はもう感じられない。これはきっと日本中どこへ行っても同じでしょう」

また、記事中こんな談話が出ている。亡くなったある水俣病患者について、「高い教育を受けた人ではなかったが、生身で宗教を表現するするようなところがあった。その英知は不知火の海や山川からおのずから得られたものでした。/英知というものは文字で書かれたものばかりではない。人間の体に直接訴えてくる知恵というものもあるのです。それを私たちはもう一度取り戻さなくてはいけない。人と人とのつながりもそう。」

こう話す石牟礼自身「生身で宗教を表現するするようなところ」のある人なのだと当方は思う。

(これは蛇足だが、文字を残さなかったアイルランド古代の知恵について河合隼雄が書いていたのを思い出した。また、日本とアイルランドの共通点について、精霊への感受性を挙げていたと思う。)


文学について、これからのことについて、石牟礼はこう続ける。

「私はもう高齢だし、できるかどうかわからないけれど『苦海浄土』の第4部を書きたい。病気にかかって生まれてきた胎児性水俣病患者の心を描きたいのです。生まれてこのかた五十何年もの間、一度もものを言ったことのない人々の気持ちを書きあらわさなければならない。彼らが世の中をどう見て、どう生きてきたのか。この世には残しておくべき言葉というものがある。それは水俣にも福島にもあるはずです」

自然の言葉を、無念にも亡くなり残すべき言葉をうばわれた人々のうめきを石牟礼は聞きとる耳を持っている。


新装版 苦海浄土 (講談社文庫)

新装版 苦海浄土 (講談社文庫)

  • 作者: 石牟礼 道子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2004/07/15
  • メディア: 文庫



苦海浄土 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

苦海浄土 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

  • 作者: 石牟礼 道子
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2011/01/08
  • メディア: 単行本



ケルト巡り

ケルト巡り

  • 作者: 河合 隼雄
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2004/01/30
  • メディア: 単行本



トラックバック(1) 
共通テーマ:日記・雑感

トラックバック 1