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ケン・ローチ監督『この自由な世界で』 [アート・美術関連]

『この自由な世界で』という映画の、木下昌明氏による論評が、

『サンデー毎日』(8.31号)に出ている。

(以下、そのまま全文引用する)

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72歳になるケン・ローチはこれまで長短20本の映画を作り、数多くの賞を取っている英国の監督である。彼は、下層で必死にあがく人々の生活を描くことが多い。なかでも炭鉱町の少年が隼を育てる『ケス』は魅力に富む一本だが、常に社会で何が問題を生んでいるかに光を当てている。

新作『この自由な世界で』も、その先鋭な問題意識と卓抜した表現力は衰えることがない。ここではサッチャー政権がもたらした国有企業の民営化と規制緩和といった「富者のための政策」が、いかに貧しい人々を追いつめていったかーーをあぶり出している。

主人公はアンジーという33歳になるシングルマザー。彼女は11歳の息子を両親に預け、将来、家が持てる暮らしがしたいと民間の職業紹介所で働いている。ポーランドに出張し、安い労働力を斡旋する仕事で、失業した教師や医者や看護士を英国でウェーターなどとして働かせるのだ。が、そのアンジーもロンドンに帰るとあっさりクビに、そこで彼女は「もう人に使われるのはたくさん」と、同居しているローズと職業紹介所を起こす。

ここから彼女のバイタリティーあふれる行動が展開される。さっそうとバイクに乗って営業し、契約を取って移民労働者を送り込む姿に、観客は誰しも引きつけられよう。

やがて、不法移民を使ってあくどくもうける手口を覚え、父からは「他人は地獄に落ちてもいいのか」、ポーランド人の恋人からは「金がすべてじゃない」、ローズからは「心が汚れた」と忠告されるものの、彼女は耳を貸さず、越えてはならない一線を越える。

今日、グローバリゼーションといわれているシステムは、単に経済の仕組みを変えただけではなく、個人の生き方も変えた。貧しい者がさらに貧しい者を食いものにし、自らの精神を腐らせていくーーそのことをローチは観客に突きつけている。

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「越えてはならない一線を越える」とは、どういうことだろう。

「羅生門」の下人が、婆さんの衣服をはぐような振る舞いを指すのだろうか。

この記事は《「清貧」という言葉が昔あった 今や貧しさは精神を腐らせる》とタイトルされている。

貧しい人間のグローバル・スタンダードが、この映画で示され、腐った精神が、世界に蔓延するようになるとコマルのだが、もうスデに、そのようになっているということであるのだろう。

貧しい人間のさもしさより、富んでいる人間のさもしさの方がもっとはるかにタチが悪いと思うのだが・・・、一度、見る価値はありそうである。

(今、渋谷シネ・アミューズ他で公開中、全国順次公開。)

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