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山姥(やまんば)、亡くなる。

母親が亡くなった。

ペースメーカーの電池の入れ替えをする予定だった。のどの違和感を訴えていたので、専門医に見せたところ、咽頭癌で余命2-3カ月という。冗談のように思っていたら、2.3日で逝ってしまった。

妹が母親の身の回りの世話を焼いてきた。当方は遠方に暮らしている。連絡を受けたものの、臨終に間に合わなかった。あっと言う間に逝ってしまった。

母親の入院にあたって、おむつを持参するように妹は言われたという。それを意識下で、遠くに聴いたのかもしれない。ずっと以前から、おむつをあてるのをたいへん嫌がっていたという。「下の世話をされるくらいなら死んでやる」と母親は思ったにちがいない。とうとう、一度もおむつを当てることなく、逝った。わが母親ながら、たいしたものである。

母親は、プライドが高い。その御蔭で当方はたいへん苦労した。

母親と当方の関係をたとえるなら、『牛方と山姥』がぴったりくる。むかし話の一話である。福井から京都に塩サバを運ぶ牛方が、薄暗い山道にさしかかって、「いやだなあ、山姥がでてきそうだなあ」と思っていると、山姥が出てくる。山姥は女の鬼である。山姥は、牛方にせがむ。「塩サバをいっぴきくれ」。食い終わると、また言う。「もう、いっぴきくれ」。

そのうち、牛方は、積み荷の塩サバを全部山姥に食われ、こんどは、牛をもとめられる。牛を奪われたそのすきに牛方は逃げ出すが、牛を食い尽くした山姥は、今度は牛方を食おうとして追いかけてくる。その後、牛方はあろうことか誤って山姥の家に逃げ込んでしまう。しかし、その後のかけひきで、山姥を出し抜いて、牛方は生き延び、山姥は殺される。

子どもが(特に男の子が)自立するためには、象徴的な「母親殺し」が必用なのだと思う。当方は、生きるために母親から逃げざるをえなかった。

では、当方の母親は、最近よく言われる「毒親」かというと、そんなことはない。世間的にはたいへん立派ないい親だった。もちろん評判もわるくない。当方もそれは認める。ただ、何をやっても1番でないと気がすまない人だった。先ごろなくなった鶴見俊輔さんが、母親の話をしていたのを聞いて、自分と似ていると思ったことがある。愛情はたしかなのだが、それがたいへん息苦しいのである。

こんなことを書くと驚かれると思うが、20年以上会っていなかった。そのうち、母親は軽い認知症になった。妹が世話を焼いて、老齢の母親に会う機会をつくってくれた。80の高齢に達した母親に息子をひとめ会わせてやろうという心遣いだったのだろう。

妹が、母親を連れて来た。ホテルで会った。その時、妹の娘とも会った。以前会ったのは2歳の時だから、母親との再会も20年どころか25年は経過していたと思う。姪に「伯父さん」と呼ばれて、自分が伯父であることを思い出した。そうしたら、一昨年、その姪が、急逝してしまった。27歳。5月のやたら暑い日に、熱中症にかかった。救急搬送を依頼したが、心臓マッサージで蘇生しなかった。

可愛い自慢の孫娘の死も母親はよくは分かっていないらしいと妹から聞いた。それからも、当方は実家に戻ることはなかった。母親の心中は「みっともないから帰ってくるな」であると当方は察していた。実際それにちかいことを言われもした。妹は教員であり、その夫も教員であり、自慢の孫娘はお茶の水女子大を出ている。それに対して当方は、若いときからアウトサイダーを気取って、世間の道から外れてしまった。母親としては、帰ってきて欲しくないということになる。

亡くなった母親をつくづく眺めたが、涙ひとつ出てこない。妹から悲しいかと尋ねられたが、悲しいと答えることができなかった。先に記したように、母親は山姥である。その山姥の責めから守ってくれた祖母の亡くなったときには、大泣きした。その時に、涙はぜんぶ使ってしまったようなのである。

当方が出向くと、山姥はしずかに横たえられていた。病院で着せられた寝巻を着ていた。パジャマか寝巻かを選ぶことが求められたという。化繊のぺらぺらの寝巻である。妹が言うには、値三千円。

ほんとうに寝ているようであった。つつくと起きだしてきそうだった。

それを見て思った。

「山姥のせがれは、金太郎なみの働きをしなければならない」。

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