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溝口健二監督映画「近松物語」を見る

すごい映画だ。

近松門左衛門の世界をどのように1本の映画にまとめるか興味があった。それで、見た。文楽で見た近松作品の断片的な知識から、心中を題材にして、ヒロインは首を吊り、男は自害するのであろうと想像した。

しかし、みんなハズレタ。そして、予想以上の展開と、そのようにまとめた脚本家、監督、そしてスタッフたちを称賛したい気持ちになった。脚本は、依田義賢となっているが、そのように仕上げた直接の作品は川口松太郎の「おさん茂兵衛」のようだ。

ウィキペディアを見ると・・

近松門左衛門作の人形浄瑠璃の演目『大経師昔暦』(だいきょうじ むかしごよみ、通称「おさん茂兵衛」)を下敷きにして川口松太郎が書いた戯曲『おさん茂兵衛』を映画化した作品である。脚本は、近松の『大経師昔暦』と、西鶴の『好色五人女』の「おさん茂右衛門」の二つを合体させたものである。

と、ある。

近松物語1
https://www.youtube.com/watch?v=JoepTq9tmfw
近松物語2
https://www.youtube.com/watch?v=xud7n9bxWs4
近松物語3
https://www.youtube.com/watch?v=NuXn1AI3Bj4&t=1s
近松物語4
https://www.youtube.com/watch?v=6QWNmxdJIOA

日本的な、あまりにも日本的な映画だ。

忖度の世界である。お家大事。お家存続のために皆が動いている。主人、その妻、奉公人たち。その類縁者も各自、自分の家を大事にしている。そのために、自分の気持ちを偽る。ひとの気持ちをないがしろにする。

見ていて、「なんだ。今のご時世と変わらんじゃないか」と思った。政権を守るために忖度をつくす官僚たちの姿が重なった。その守るべきは決して大義ではない。そうであればイイがそうではない。主人の不始末が露見しないように守るのだ。露見すれば、お家がつぶれる。つぶされる。そのしわ寄せは、身分の低いもの、弱いものほど、身に受けることになる。行き場がなくなる。自死へと押しやられる。正直者はバカを見る世界だ。

そして、なかには主人の不幸を喜ぶ者もいる。面従腹背、お家の没落を待って自分が台頭することを画策共謀する。

お家大事の価値観から、解放するものとして恋愛が描かれる。人間は、自分に正直になってはじめて、既成の価値体系の束縛から解き放たれる。しかし、待っているのは既存の価値体系に生きる人々からの排斥であり、比ゆ的な「死」である。

夏目漱石の『それから』にも同様の世界が描かれている。正直に生きると、世界は真赤になる。明治の世も、近松の時代と地続きであった。そして、その同じ地面に、われわれは今、住まいしている。

ラストシーンは、磔(はりつけ)になる前、世間にさらしものとされる場面だ。ふたりして馬にのせて引きまわされる。しかし、陰鬱なシーンとして撮られていない。それどころか、明るい。川口松太郎のモノの見方が分かる。比ゆ的な「死」どころか、これから文字通りの死を遂げるふたりである。それを見守る者のなかに、その心中を察することのできる者がいる。その死が不義密通によるのでないことを承知する人がわずかでもいるのだ。

本作品の音楽がすばらしい。邦楽が用いられる。近松の世界を表現するには、文楽、人形浄瑠璃に欠かせない音を採用する必要があったのだろう。三味線は豊澤猿二郎。お囃子は望月太明蔵が担当している。それを聴くためにだけでもこんにち見る価値のある映画に思う。


近松浄瑠璃の作劇法

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