羊は声を聞き分ける (『牛たちの知られざる生活』ロザムンド・ヤング著 から) [本・書評]
上記イメージ書籍は、動物をあつかった肩のこらない本で、主にウシ、ほかにブタやニワトリ、ヒツジなど家畜のことが記されている。しかし、読んでいくと、「家畜」などと呼んでいいものかという気になってくる。悪口雑言として「畜生」という言葉が用いられもするが、放牧された環境のなかで社会生活をおくる彼・彼女たちの暮らしぶりをみると、人間と変わらぬ感情をもち個性をもって生きていることに、敬意さえ呼び起こされる。
以下に引用するのは、「羊」について記された部分。それは、聖書中の言葉を想起させる。ヨハネの福音書10章にある、羊が羊飼いの声を聞き分けて、その後に従うという記述である。
****以下引用*****
羊は愚かだとか鈍感だとか言われることが多いが、断じてそんなことはない。ジョージ・ヘンダーソンは、著書の『ファーミング・ラダー(農場経営入門)』のなかで、こんな鋭い指摘をしている。「通説とは違い、羊は農場で飼われている動物のなかでも、とびきり知的な生き物だ」
わたしはかつて孤児になった子羊を譲り受けたことがある。母親のミルクがじゅうぶん出なかったため、生まれた二頭のうち一頭が、初乳を飲んですぐの生後二時間ほどでここに連れてこられたのだ。わたしは子羊をエレンと名づけた。エレンを連れてきた農場の主人は、特徴のあるしわがれ声をしていた。六週間後、彼がふたたびうちの農場を訪ねてきたとき、エレンはその声を覚えていて、彼に駆け寄って出迎えたのだ。それから何年かして、わたしがうっかり膝をぶつけて痛さに跳びはねていると、エレンは食事を放りだして、心配そうにわたしに駆け寄ってきた。そして、わたしが(ほんとうはまだ痛かったが)もう痛くないからだいじょうぶだと言ってきかせるまで、食事に戻ろうとはしなかった。(p32)
記憶が正確で長期にわたるのは、羊も同じだ。羊が少なくとも五十人の人間を識別できるというのは、いまでは一般に認められた事実であるようだ。わたしの経験では、羊は出会った人間をすべて記憶している。羊が人間を見分ける上で決め手になるのは声だが、見た目や歩き方や身長も判断材料にしているように思う。(p102)
*****引用ここまで*****
著者は、イギリスで牧場(Kite's Nest Farm)を営んでいる女性。初版は2003年。昨年再販され、たちまち話題になり、タイムズ紙などイギリス各紙で2017年ベスト・ブックに選ばれた、と『訳者あとがき』にある。
10年以上の時を経て、日の目を見ることになった理由として、翻訳した石崎比呂美さんは次のように記している。
****以下引用(ひとつの段落を分割)****
いまの時代に注目されるようになった理由はどこにあるのでしょうか。
ひとつには、本書が、経済重視、効率重視の風潮に疑問を投げかけていることがあるかもしれません。工場的な農場で飼育される「牛」を、「人間」もしくは「労働者」と置き換えれば、身につまされる人も多いかもしれません。
もうひとつの理由には、動物でも人間でも、ひとりひとりをじっくり見ることで見えてくるものがあるという著者のまなざしがあげられます。
レッテルを貼ってひとくくりにするのではなく、それぞれの個性と多様性を認めることが、本書で描かれるカイツ・ネスト・ファームのような生き生きとした社会を作る、そんな気がしてなりません。
****引用ここまで****
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