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中島岳志の安倍晋三評 [政治・雑感なぞ]

首相ともなるといろいろ大変である。注目度がなにしろ違う。だから、(古い話しだが)麻生さんも、それまでは口の曲がったオジサン程度で済んでいたのが、首相になった途端に、それでは済まなくなった。先代・林家三平のように、招き猫のような手をして「どうもすいません」では、すまないことになった。

東工大の中島岳志(政治学)教授が、シンポジウムで安倍首相について語っている。おもしろいので、以下に引用してみる。ちなみに、『1990年以降の激動する社会と宗教を振り返る』と題するシンポジウムで、ほかに上田紀行・池上彰・弓山達也が参加している。

(以下、平凡社『年表でわかる現代の社会と宗教: 特別座談会 上田紀行・池上彰・弓山達也・中島岳志 』 からの引用)

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おそらく人間以外の動物に宗教は存在しないだろうと。これはいろいろな議論がありますけれども、私は、そう思っています。なぜなら、人間は、あらゆる万物は有限な存在である、ということを知ってしまった唯一の動物だからです。そこに仏教の考えるむなしさとか、いろいろな問題が生じるわけです。

この万物の有限性という認識をもった瞬間、私たちは対の概念として無限という観念を同時に手に入れています。有限の存在に気づいている以上、構造的に無限というものを設定しなければ、有限という概念は成立しない。つまり極めて合理的な構造の問題として私たちは、有限に気づいた瞬間に無限というものを同時に手にしている。それをどう呼ぶのかは宗教によって違うという、そういう問題だろうと思うんですね。

私が非常に尊敬している福田恆存という保守主義者がいます。福田恆存という人は、無限と有限という二元的構造を踏まえて世界を見なければいけないと考えています。人間がパーフェクトな世界をつくれるというような理性に対する過信をもってはならないというのが保守思想というものの非常に重要な中核なんですけれど、そのためには絶対者という観念を捨ててはならない。絶対者に対して私たちは有限な存在であり、神ではないのだから、パーフェクトな世界はつくれない。

だからどれだけ頭のいい人間がいたとしても、その人間がつくった設計図どおりに世の中をつくるよりも、多くの無限の死者たちの声を聞きながら、歴史のふるいにかけられて残されてきた常識や良識を大切にしながら、少しずつ変えていくことが大切なのだ。それこそが本来の良質な保守思想なんです。だから安倍(晋三)さんは保守思想から最も遠い人です。 (p20、21)

***引用ここまで******


当初、「無常」ではなく「有限」という言葉を用いているのは、話者が「現代っ子」だからか、と思ったが、そうではなく、「それをどう呼ぶのかは宗教によって違うという、そういう問題」意識からなのだろう。「無常」というと、やはり仏教的なものとして意味が狭められてしまうので、「有限」としたようである。

以前、絵画展に行って、ハプスブルク家に飾ってあったという「ヴァニタス=虚栄」という静物画を見た。栄華を極めた家にあっても、そこに住まう人々の思いのなかには「神」がたしかに存在していたようである。そのことを思い出して、当該ブログの過去記事をみると、シェイクスピア演劇の道化のことを書いてもいる。たぶんにシェイクスピア翻訳者としても定評のあった福田恆存から連想されてのことなのだろう。


『静物画の秘密展(ヴァニタス=虚栄)』を見て
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2008-09-16

はじめも終わりも無い?
http://bookend.blog.so-net.ne.jp/2006-09-12



年表でわかる現代の社会と宗教: 特別座談会 上田紀行・池上彰・弓山達也・中島岳志

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宮廷道化師
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%BB%B7%E9%81%93%E5%8C%96%E5%B8%AB


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